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かつて「北のウォール街」と呼ばれ、北海道開拓の玄関口として栄華を極めた街、小樽。その繁栄を象徴する歴史的建造物「旧小樽商工会議所」を再生して誕生したのが、OMO5小樽です。


重厚な石造りの外観、高い天井を支える彫刻、当時の空気を今に伝える優雅な大階段。私たちはこの場所で、小樽の歴史を大切にしながら、こだわりの滞在を提供したいという強い思いがありました。しかし、その「こだわり」こそが、実は最大の盲点だったのです。


直面した「利用率8%」ー解消できない赤字状況

開業後、私たちが直面していたのは「小樽は札幌から日帰りで楽しむ街」という現実でした。多くの観光客が訪れるものの、夕方には札幌へ戻ってしまう。当時の小樽には、まだ「宿泊して夜を過ごす」というニーズがまだあまり定着していなかったのです。


そんな中で私たちは、「小樽の歴史を体験してもらう」という使命に燃えていました。小樽の繁栄を支えたニシン漁の歴史に敬意を表し、スペインの港町文化と掛け合わせた「ニシンのパエリア」をメインにした豪華なコース料理を開発。本格的な厨房を構え、一皿一皿に心血を注いでいました。


ニシンのパエリアを中心とした、当時の夕食


しかし、見えてきた現実は残酷でした。レストランの利用率は、わずか8%にとどまり、お客様が1組しか来ない日も。赤字の状況が続きました。


夜の街にはちらほら歩いている観光客もいるのに、なぜ私たちのホテル、レストランは選ばれないのか。


「小樽に来たなら、まずは街の寿司屋に行きたい」

「予約した時間に縛られず、もっと自由に街を歩き回りたい」


私たちがよかれと思って用意していたコース料理は、自由な旅を楽しみたいゲストにとって、本来のニーズに応えられていなかったのです。


開業時の施設を引き継いだ当時の総支配人・種市さんは、この壊滅的な利用率を前に、「私たちが提供したい価値と、ゲストが求めているものに、致命的なギャップがある」と痛感していました。


当時の総支配人・種市さん


20代の若き責任者に託された再生と、オープン直前の白紙撤回

種市さんは、利用率が上がらない現状を打開するため、それまでの主力であったコース料理を完全に廃止し、夜の街歩きの後に立ち寄れる「ナイトラウンジ」へ転換するという大胆な舵切りを行います。


このプロジェクトの現場責任者に指名されたのは、20代のスタッフ・髙瀨さんでした。それは単なるメニュー変更にとどまらない、ホテルのあり方を問うもので、プロジェクトの責任者となった髙瀨さんは、わくわくと同時に重圧の中にいました。


プロジェクトの責任者となった髙瀨さん


「自分たちの正解が、ゲストの正解ではなかった」


その事実を認めて、ゼロからの再出発。髙瀨さんは当時を振り返り、「もう失敗は許されない。正直、プレッシャーでどこか遠くへ逃げ出したいと思ったこともありました。」と語ります。


ナイトラウンジとして生まれ変わるために、まず着手したのはメニューの開発でした。地元の飲食店からの協力や、自分たちが表現したいこと、クオリティがなかなか実現できず、難航する状況が続きます。


一度はメニューが確定し、リニューアルに向けて動き出す中、オープンわずか1か月前。何と全メニューを白紙に戻す決断をしました。これで本当にゲストのニーズを満たしているのか、小樽に泊まる理由になれるのか、と懸念を感じたからです。


そこから急ピッチで、チームみんなでメニューや器の全面的な再検討を始めました。高級なものが並ぶ空間ではなく、ゲストが緊張せずにくつろげる温もりのある空間。ゲストが普段着で過ごせる距離感を探り続けました。


ご近所さんから学んだ街の魅力

私たちの力だけでは、小樽の夜を作ることはできません。


種市さんは自ら、地元の老舗「栗原かまぼこ店」など、街を支える店主たちの元へ足を運び、街の歴史や夜の空気感について教わりました。小樽の魅力の本質は「人々の営みが作る温かさ」にある。店主の方々の言葉から、本当の小樽の街の魅力に気づきました。


そこで、空間の象徴として導入を決めたのが、小樽の街の歴史を温かく伝えるオイルランプです。小樽を代表する「北一硝子」のランプを、運河竣工100周年に合わせて100個灯す。髙瀨さんを中心としたスタッフ自らが、4時間かけて自分たちの手でランプを設置しました。


火を灯した瞬間、重厚な石造りの空間が、幻想的な光に包まれました。それは、種市さんや髙瀨さん、チームのメンバーが手を取り合って見つけた、小樽の夜の入り口でした。


ラウンジを彩る「北一硝子」のオイルランプ


リニューアルしてもなかなか動かない客足。「素敵なラウンジ」がゲストを遠ざけていた現実

そんな紆余曲折を経て、レストランは「灯る小樽ナイトラウンジ」としてリニューアルオープン。利用率は以前よりは上がりましたが、なかなか旅行者の認知を得られず、黒字化は遠い状況でした。現実はまたしても壁となって立ちはだかります。


「素敵だけど、少し入りにくい」

「ホテルのラウンジは、お酒を飲まない自分には縁がない場所に見える」


ゲストから寄せられた意見は、私たちがまだ「ラウンジ=お酒を飲む場所」という固定概念に縛られていることを示していました。空間は変わっても、ゲストが感じる心理的な壁は、依然としてそこにありました。


「私なら絶対行かない」。大学生の一言が、利用率を跳ね上げた

利用率に悩む中、ある日大学生のアルバイトのスタッフが放った一言が、すべてを変えました。


「ホテルのラウンジなんて、高そうだし緊張するから、私は絶対に行きません。」


その素直な言葉が、チームにとって変化を生む鍵となりました。やはり「ラウンジ」という名前の響きに囚われていたのです。ゲストが求めていたのは、格調高い空間ではなく、「旅の1日を幸せに締めくくるための時間」でした。


そこであらためて気づいたのは、夜の小樽を歩いているのはお酒を楽しむ人だけではないということでした。


「食事の後に、余韻を楽しみながら甘いものを食べたい」

「お酒は苦手だけど、この素敵な空間を楽しみたい」


夜に安心して立ち寄れる「スイーツ」という選択肢を提供しよう。ここから、新たな挑戦が始まりました。


私たちは、ラウンジの軸を「本格的なバー」から「夜の〆スイーツの拠点」へと転換しました。北海道らしいフルーツを使ったパフェや、チーズを使ったスイーツなど、食事の後に楽しめるスイーツの開発に力を入れました。


「バスクチーズケーキ」、「さっぱりメロンの夜パフェ」など、当時開発したスイーツ


すると、数字は劇的に動き始めます。利用率は、かつての8%からだんだんと伸び、リニューアルから約5か月で60%へと跳ね上がりました。


感覚を捨て、データで語る。SNSが「小樽に泊まる理由」を広げてくれた

成功を一時的なものにしないために、私たちは売上分析をチーム化し、日々、ゲストの動向を詳細に追いかけました。


「なぜ、この時間に人が集まるのか」「どのメニューが、満足度と単価を両立させているのか」


単なる感覚ではなく、客観的なデータに基づいた改善を繰り返す中で、さらなるアイデアが生まれました。それが、ラウンジ入り口に設置した、ランプの装飾を強化したフォトスポットです。


この光景を誰かに伝えたい、そう思ったゲストがスマートフォンを取り出し、SNSにアップする。その投稿を見た人が、また新しいゲストとして小樽を訪れる。かつては誰にも届かなかった思いが、ランプの光とともに拡散し始めました。


ラウンジのフォトスポット


小樽の夜を灯し続ける

現在、OMO5小樽のナイトラウンジは、毎晩のように賑わいを見せています。


食事に出かけて戻ってきた後に、スイーツや、ご近所のお店の方とともに開発したおつまみプレートを楽しむゲストの姿が見られます。一度は立ち止まってしまいましたが、ゲストの声に耳を傾けつつ、自分たちが伝えたい街の魅力も盛り込んで作り上げてきたかたちです。



歴史を守ることは、建物を維持することだけではありません。その建物の中で、新しい思い出が生まれる瞬間に寄り添い、街の夜を明るく灯し続けること。そんな思いを込めて、今日もランプの光を灯しています。





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