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株式会社石垣という社名をご存知の方は、多くはないでしょう。当社は、1958年の創業以来、固液分離技術を軸に、水インフラと産業の分野で社会課題を解決してきた会社です。
例えば、下水処理場で使われる汚泥脱水機や河川に設置される浸水対策用ポンプなど、人の目には見えにくい場所で、自然環境と社会を支えています。
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(開発・設計・製造の中核拠点、香川県坂出工場)
「湧清水(わきしみず)」という名の機械を知っているでしょうか。錦鯉が泳ぐ池の水をろ過するための機械です。公園や学校の池にも使われ、発売以来、4万台以上を販売してきました。石垣にとって唯一の一般消費者向け製品で、最も人の目に触れやすい場所にある機械です。
今から約50年前、革新的な技術として開発し、錦鯉の愛好家に支持され続けてきた「湧清水」の開発者である村上光徳に開発ストーリーを聞きました。
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(左から「湧清水5型」、「湧清水10型」、「湧清水20型」、「湧清水50型」池の大きさに合わせた4機種)
■泳ぐ宝石―日本の国魚「錦鯉」
錦鯉は「泳ぐ宝石」と呼ばれ、その色や模様の美しさを楽しむ観賞用の鯉です。江戸時代後期の1800年頃、新潟県中越の山間部で食用の鯉から突然変異で生まれた赤や白の鯉を、農民たちが娯楽として品種改良したことが始まりとされています。1914年の東京大正博覧会で新潟の特産品として出品され、皇室に献上されたことで全国的に有名になりました。戦後、日本が豊かになるにつれ、庭に池を作る家庭が増え、豊かさの象徴として観賞魚の錦鯉が広まっていったのです。1960年代には、全国で品評会が開催され、「Nishikigoi」として海外にも輸出され、現在では海外の富裕層が資産として所有するなど、日本発のグローバル文化に成長しています。
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(錦鯉は「生きた芸術品」とも呼ばれ、オークションでの最高額は2億円を超える)
■それは、一軒の家の「困りごと」から始まった
錦鯉の飼育で最も重要なのは「水」です。鯉の血統や餌の良し悪しよりも、「水づくり」が何より重要とされています。プロの養鯉場や経験豊富な愛好家は、自ら水質管理を行い水中の環境を最適に保つことができます。しかし、初めて鯉を飼う一般家庭には、池の「水づくり」が課題でした。
1970年代、自宅の庭に池を作り、錦鯉を飼い始めた家がありました。縁側から鯉を眺めるのにちょうどいい小さな池でした。しかし、池の水がすぐに濁ってしまったり、夏になるとアオコが発生したり。「水づくり」がうまくいかずに鯉を死なせてしまうことがあり、「どうにかならないものか」と悩んでいました。
そこは、香川県坂出市にある株式会社石垣の創業者・石垣榮一の自宅でした。これが湧清水開発の出発点です。
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(創業者石垣榮一の自宅の池。「湧清水」開発のきっかけとなったこの池は、今も坂出市にある)
■家庭・観賞池用ろ過機への挑戦
1975年9月、家庭・観賞池用ろ過機の開発が始まりました。その頃、当社は産業や水インフラ分野で使われる「脱水機」を自社開発するメーカーでした。脱水機は汚れを含む液体から固体を絞り出し、水と固形物を分けるための機械です。工場や下水処理場などで使われる大型の受注生産品でした。一方、ろ過機は、汚れを含む液体から清澄な水を分離するための機械です。
鯉の池では、「物理ろ過」と「生物膜ろ過」を組み合わせて水を循環させ、水をきれいにします。この2つのろ過によって水質が安定し、鯉にとって最適な水環境を保つことができます。まず、「物理ろ過」で鯉のフンや餌の食べ残しなどの固形物を取り除きます。
この固形物が水中で腐敗すると、池水の有機物濃度が上がりアオコの発生につながります。さらに、鯉にとって有害なアンモニアが発生し、水質悪化の原因になります。
次に、「物理ろ過」では取り切れない水に溶けた有機物などを「生物膜ろ過」で取り除きます。池水をろ過機で循環ろ過すると、ろ材の表面に微生物(バクテリア)が棲息するようになり、水に溶けた有機物やアンモニアを分解します。
家庭用機械とも錦鯉とも無縁の会社が、池の「水づくり」という新しい世界に踏み出しました。
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(錦鯉の観賞池では、「物理ろ過」と「生物膜ろ過」を組み合わせて、水を循環ろ過する)
■見込み量産の失敗「ダイビーンフィルター」
村上:当時、ろ過機の主流は「砂ろ過機」でした。そこで私たちも、まずはこの王道の砂ろ過を試すことにしました。砂状の粒状ろ層(ろ材が充填されたろ過部)に上から下へ水を流して、汚れを捕捉します。ろ層が目詰まりすると下から上に空気や多量の水を流して汚れを落とし、再びろ過を行う方式です。
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(一般的なろ過の仕組み。砂状のろ材の隙間で汚れを捕捉してろ過する)
1976年2月、初の家庭用池ろ過機「ダイビーンフィルター」が完成しました。
蓋付きの鍋のような形状で、底のスノコにろ材を敷き詰めたろ層を持つ構造でした。中央に内蔵した正逆回転ポンプが正運転で池水を吸い込んでろ過し、ろ層が目詰まりすると自動で逆回転して洗浄する仕組みです。水中に設置するため、庭の美観を損なわずに使用できます。
ろ材には砂よりも比重の軽い「アンスラサイト(無煙炭を粉砕して粒状にしたもの)」を採用しました。ろ材が砂だと、洗浄のために大規模な装置が必要となり、家庭用には不向きだからです。
ポンプについては素人だったので、ポンプ便覧を読みながら設計しました。
考案した技術を具現化する段階で、上司の指示通りに池の大きさ別に3種類の設計図を書き、本体を樹脂成型する金型を外注しました。しかし、樹脂についても素人だったので強度計算が甘く、運転時の内圧で本体が変形してしまいました。かといって変形しないように厚みを増やすと、今度は成形がうまくいきません。
試作品を作る前に金型はすべて無駄になりましたが、当時27歳で若かった私は「わしの責任ではないわ」くらいにしか考えていませんでした。社内の誰もが量産品の設計については素人だったのです。
5か月ほどで2号機が完成し、社長の自宅の池での試運転と丸亀城の濠での浄化テストに成功しました。しかし、10台ほど出荷した後、正逆回転ポンプから漏電するという重大な不具合が判明しました。運転中の摩耗によって生じたアンスラサイトの微粉がモーター内部に侵入し、ステンレス部品を損耗させた結果、漏電が発生したのです。他にも、池への据付とメンテナンスが不便なこと、鯉の鱗を傷つける恐れがあることから、すぐに販売中止となり、一般家庭用の量産品をつくる難しさを痛感しました。
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(ダイビーンフィルター2号機。出荷した10台は全数撤去した)
■「世の中にない物をつくれ」
1976年8月、社長から「観賞池用ろ過機の開発が最優先課題」と厳命が下りました。20代半ばの若い開発者が集められ、最年長の27歳だった私が開発リーダーに任命されました。
当社の創業者で当時社長であった石垣榮一(故人、以下「社長」という)は、私にこう言いました。「いいか、世の中にない物をつくるんや」。
「世の中にない物」って言ったって、池のろ過ならもう砂ろ過機があるじゃないか。
私は、失敗作となった「ダイビーンフィルター」を振り返りました。硬いろ材が部品を傷つけ故障したこと、修理のたびに水中から機械を引き上げるのに手間取ったこと。
砂ろ過機は、物理ろ過能力が高い点が強みでした。一方で、砂の重さが大きな課題でした。ろ材を洗浄するために複雑で大規模な洗浄装置と多量のエネルギーを必要とします。運転や維持管理に人の手がかかるため、一般家庭用としては扱いが難しい機械でした。
砂ろ過機よりも軽く、素人でも無理なく使え、鯉がイキイキと泳ぐ水をつくる機械―。
錦鯉のための「水づくり」を任せられるろ過機を開発することが私の使命でした。
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(開発者 村上光徳)
■下から上へ、逆転の発想
ろ材について検討する中で、砂の重さを指摘し、「下から上へ水を流すことでろ過できる」という逆の発想が文献の中にありました。しかし、実用化された例はありませんでした。この考案をヒントに、下から上に水を流せる軽いろ材「浮上ろ材」に着目しました。
最初はナイロンストッキングなどの繊維ろ材を試しました。
次に水に浮く樹脂製のビーズも試しましたが、水との比重差が小さく、ろ材が流動したままとなり、ろ層が形成できませんでした。
そこで、緩衝材に使われていた発泡スチロールを砕いてテストしたところ、可能性を感じました。その結果、水よりも軽い「浮上ろ材」を軸に開発を進めることにしました。最も苦労したのは、ろ材の入手方法です。当時、浮上ろ材については何の手がかりもなく、専用のろ材を開発してくれる業者を探しました。様々な原料や成型方法を検討し、ようやく形の揃った粒状のろ材が完成しました。この特殊な樹脂製の粒状浮上ろ材が、最大の特長となりました。
砂ろ過と比べてろ材が大幅に軽く、砂ろ過だと50kgのところがこの浮上ろ材だとわずか0.5kg。観賞池用ろ過機は池の横や庭の奥の狭い場所に設置するため重量物の運搬が困難でしたが、作業負荷も軽減されます。ろ材が軽い分、洗浄も容易で、機械の構造もシンプルです。これなら一般家庭でも扱える。手応えを感じました。
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(池のろ過は「砂ろ過機」が主流で、ろ材には珪砂やアンスラサイトなどの硬質の素材が使われ、上から下に水を流す。湧清水は、ろ過効果が高く凝固しにくい「特殊浮上ろ材」を採用し、下から上に水を流す「上向流式ろ過機」。ろ過効果が低下せず、水質を維持できる)
次に「水づくり」を左右する生物膜ろ過です。工場内にビニールハウスを建て、ティラピア(熱帯の川魚)を飼育して試験機を実運転しました。長期にわたって水質や魚の成長速度を測定し、その結果をデータとして活用しました。
■材料は二槽式洗濯機!?
ろ過機は、ろ材を流動させて洗浄し、再び利用する機構が鍵でした。
ろ材の洗浄にはポンプの軸流羽根の仕組みを応用し、水流によって撹拌することにしました。省電力で大容量の水を動かすことができます。
撹拌には、洗濯機のパルセーター(円盤状の撹拌羽根)を利用しました。町の電気屋で入手した二槽式洗濯機を分解して、パルセーターやダイヤルスイッチなど、参考になりそうな部品を取り出しました。圧力スイッチ、排水弁、ノズルなど自社製作したものもありました。本体は、またしても樹脂成形です。
これらを組み立てて試作機を作り、社内や社長宅の池で試運転を行いました。
生物膜で覆われた軽く柔らかいろ材は、撹拌されると踊るように動きました。洗浄効果が高く、機能低下や水質悪化も防止します。しかも、ろ材洗浄1回あたりの排水量は砂ろ過機の約10分の1でした。ろ過で最もランニングコストがかかるろ材洗浄が、低動力・節水で確実に行えるのです。もちろん、人の手がかからない自動運転です。
1977年4月、完成した機械に名前を付けました。「湧清水(わきしみず)」。鯉が清澄な水を泳ぐ姿が想像できるいい名前でしょう。
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(右は販売開始当時の湧清水。現在の5型に近い)
■樹脂との戦い、再び―リコール発生
初期の湧清水にはいくつかの欠点がありました。
本体の形状、圧力スイッチの機能不全と異常の検知不能、変形したろ材による集水ノズルの目詰まりなどです。問題が次々に発生し、その度に改良を重ねましたが、量産品なので小さな失敗が大きな損害につながりました。
本体は、鉄製の架台の裏から上向きにネジを留めて固定していました。ところが、樹脂製の本体に内圧がかかると底が膨張して球体のように膨らみ、本体が持ち上がってネジが外れてしまいました。
本体の圧力を検知する圧力スイッチにも不具合が発生しました。本来は、一定以上の圧力が加わるとポンプを止めて洗浄工程に移行するはずが、センサーの材質上の問題で圧力を検知できず、本体に異常圧力がかかって破損し運転不能となりました。
リコールでした。
電気や樹脂の知識不足―「ダイビーンフィルター」での失敗を活かすことができませんでした。この形状で販売したものは全数撤去し、改良型に交換しました。
改良型は本体樹脂の強度を上げ、架台の固定方法をネジから金具の板へ変更しました。点ではなく面で圧力を受ける構造にしたことで、安全性が確保できました。
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(湧清水は、水より軽い特殊浮上ろ材を用い、下から上へ水を流す上向流式ろ過を採用している。ろ材を動かしながら汚れを分離・洗浄し、ろ過と洗浄を自動で繰り返す)
■「鯉が死んだ!」
200台くらい売れた頃、朝5時半に営業が電話をかけてきて「鯉が死んだ」と言うのです。急いでお客さんのところへ行くと、水が少なくなった池の前で小さいお嬢さんが「〇〇ちゃんが死んだ」と泣いていました。〇〇ちゃんは鯉の名前です。足元には鯉の死骸が並べられていました。鯉のお葬式に参列した後、原因究明に取り掛かりました。
原因は、集水ノズルの構造にありました。
樹脂製のろ材が集水ノズルに詰まり、水が通らなくなってしまいます。すると内部の圧力が高まり、圧力スイッチが作動して洗浄のために排水されます。しかし、ろ材の洗浄はできても集水ノズルの目詰まりは解消されないため、短時間に洗浄排水を繰り返し、池の水が失われていったのです。この出来事は、私にとって忘れられない失敗となりました。湧清水は、「命を預かる機械」だと、強く心に刻まれました。
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(大切な鯉がイキイキと泳ぐ水をつくる)
■あんな非常識な機械はうまくいかない
もぐら叩きのように次々と噴出する問題に苦戦していた時、社内でこんな声を耳にしました。「あんな非常識な機械はない。うまくいかないだろう」。その頃、他の開発チームが「砂ろ過機」に取り組んでいました。王道である砂ろ過を手がける技術者にとって、当時の常識では、浮上ろ材を使った上向流式ろ過はありえない方法だったのです。
非常識?上等じゃないか。それは、「世の中にないもの」っていうことだ。
机上の理屈ではなく、現場で答えを出すしかない。私たち技術者が営業として納入先のお客様の池に足を運び、現場で得た知見を改良に落とし込んでいきました。
本体の形状と固定法、バルブの精度、圧力スイッチの強度、集水ノズルの構造。改良の進捗や考案した技術を社長に説明する中で、若かった私が率直な意見を言っても、失敗しても社長から怒られることはありませんでした。「この方法はどうや」「仕方ない。次に頑張ればええ」と励まされました。
何としても世の中に認められる機械を作ろう。ほとんど執念に近かったかもしれません。
いくつかの改良を重ね、現在の湧清水の原型が完成しました。手間のかかっていた観賞池の水質管理を自動化し、安定した運転を実現しました。錦鯉のための「水づくり」を支えるインフラ装置です。
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(石垣の坂出工場で組立中の湧清水と開発者 村上光徳)
■鯉がつなぐ「三方よし」の売り方
湧清水は、石垣唯一の一般消費者向けの商品です。一品一葉の受注生産を基本としてきた当社にとって、販売・施工・保守を一体で行う仕組みづくりが大きな課題でした。
そこで、販売店制度を導入しました。鯉や池を知り尽くした養鯉場や造園業者に販売店となってもらい、湧清水の販売から設置、消耗品供給やアフターメンテナンスまでを担ってもらうことにしました。「餅は餅屋、鯉は鯉屋」という考え方です。
ユーザー向けの取扱説明書の他に販売店向けのマニュアルも作成し、各店舗へ研修に赴きました。
この仕組みにより、販売店は継続的な収益が得られ、愛好家は安心して鯉の飼育環境を整えることができます。
鯉屋、愛好家、そして私たちメーカー。三者にとって、利のある関係を築くことができました。錦鯉の飼育に不慣れな人のために開発された湧清水でしたが、現在では、プロの養鯉場や経験豊富な愛好家にも選ばれる存在となっています。
機械を売って終わりではなく、鯉を通じて関係を育てる。湧清水が半世紀にわたり使われ、愛されてきた背景には、こうした仕組みがあります。
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(工場で販売店への出荷を待つ湧清水。石垣からユーザーへの直接販売は行っていない。販売店は湧清水のウェブサイトから検索できる。気候や水など、地域の特性に詳しいお近くの販売店を選んでいただくとよい)
■半世紀愛される観賞池用ろ過のスタンダード
私が観賞池用ろ過機「湧清水」を開発して、もうすぐ50年が経ちます。半世紀も前に生まれた機械が、今も変わらず使われ続けている。それは、難しい池の水質管理を安心して任せられる機械だと、世の中に認められたということでしょう。
一方で、「世の中にない物をひとつでもふたつでもつくるんだ」と言われてきた世代の技術者として、この技術をどう次の時代に引き継ぐべきかを考えずにはいられません。
国内で錦鯉の愛好家は減少傾向にありますが、海外では富裕層を中心に新たな広がりをみせています。また、愛好家の高齢化が進むことで、池の「水づくり」を任せられる湧清水の市場はむしろ高まっているといえます。
環境負荷を低減しスマート化を進めることで、湧清水はいくらでも進化できると思われます。
「泳ぐ宝石」錦鯉―。鯉が映える、いい池の水は生きている。
石垣では、彼に続く技術者が今日も新しい技術を生み出そうと開発に励んでいます。
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(約50年前に彼がろ過の常識をくつがえした「湧清水」は、現在も石垣の工場で作られている)
【湧清水ホームページ】https://www.ishigaki.co.jp/wakishimizu/
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