「1時間に一本の汽車じゃ足りない」
「米子市の人は鳥取市よりも栄えていると言いがち」
思わず「それな!」と叫びたくなる鳥取ならではの"あるある"を集めた展覧会が、鳥取市のギャラリーで5月10日まで開催された。
企画したのは地元出身のSNSクリエーター・竺原優さん。高校生や大学生ら約20人の若者とともにネタを持ち寄り、100枚のパネルで日常の共感を表現したこの展示は、鳥取県民なら「それな~」と声をあげずにはいられない内容だ。期間限定の開催だったが、来場者からも笑いと共感の声が絶えなかった。
「じゃあ作っちゃおうぜ」——企画の出発点
「鳥取県に遊ぶ場所がないとか、デートスポットがないとかの声を聞いて、『じゃあ作っちゃおうぜ』っていうノリで」
そう語るのは、企画者の竺原優さんだ。鳥取県出身のSNSクリエーターである竺原さんは、都市部で流行している「共感型展示会」というフォーマットに着目し、それを鳥取県バージョンとして再現することを思い立った。
地方に住む若者から「遊ぶ場所がない」「デートスポットがない」という声があがるのは、珍しいことではない。しかし竺原さんが選んだ答えは、嘆くのではなく「自分たちで作る」というものだった。活動を通じて知り合った高校生や大学生など約20人の若者と一緒にネタを出し合い、日常の中に潜む「それな」な瞬間を丁寧に拾い集めていった。
その結果生まれたのが、『それな100回言った展』である。鳥取市のギャラリーそらを舞台に、100枚のパネルが並ぶこの展覧会は、地域の若者たちの感性と観察眼が詰まった作品群として、多くの来場者の共感を集めている。
「それな」とは何か——世代を超える共感のことば
そもそも「それな」という言葉は、20代から30代より下の若い世代を中心に、何かに強く共感したときに使われる表現だ。「そうだよね」「まさにそれ」というニュアンスを短く凝縮した一言で、SNSを中心に広まってきた。
この展覧会のタイトルにある「100回言った」という表現は、それほど深く共感したという意味のユーモラスな誇張だ。展示されているパネルには、共感できる日常の一コマが短い文章で端的に表現されており、見る者が思わず「それな」と口にしてしまうような内容が揃っている。
いくつか例を挙げると——。
どれも、特定の地域に限らず誰もが経験したことのある瞬間ばかりだ。しかしこの展覧会が面白いのは、こうした普遍的な"あるある"に加えて、鳥取ならではのローカルな"それな"が随所に散りばめられている点にある。
高校生が見つけた「それな」——地元目線のリアル
パネルの内容を考えたのは竺原さんだけではない。参加した高校生や大学生たちもそれぞれに自分のイチ押しを持ち込んだ。
ある高校生が強く推したのは、こんな一文だ。
「実際に私たちのおばあちゃん家にあって、これ出したら受けるんじゃないかと思って考えました」と、その高校生は話す。田舎の祖父母の家にある、用途不明の木製の置物——思い当たる人は少なくないのではないだろうか。地方出身者なら多くの人が「それな!」と感じるはずの、非常にリアルな観察だ。
別の高校生がイチ押しとして挙げたのは、こちらのパネルだ。
「鳥取の人は『この広さが東京ドーム何個分です』とか紹介されても全然わからんという共感できるかなと」という狙いで考えたという。広さの比較として「東京ドーム何個分」という表現はメディアで頻繁に使われるが、東京ドームを実際に見たことがない地方在住者にとっては、それがどのくらいの広さなのかまったくピンとこない。これは鳥取に限らず、地方に住む人々に広く刺さる共感ネタだといえるだろう。
鳥取ならではの「それな」——汽車、白バラ、北海道
展示の中でも特に鳥取色が濃いのが、ローカルな事情に根ざしたパネル群だ。
ここで注目したいのは「電車」ではなく「汽車」という表現だ。鳥取を走るローカル線は非電化区間が多く、ディーゼル車両が走る。地元では自然と「汽車」と呼ぶ文化が根付いており、この一言だけで鳥取の交通事情と地域の言語感覚が凝縮されている。
1時間に1本という運行本数の少なさは、都市部に住む人には想像しがたいかもしれないが、鳥取県民にとっては日常の風景だ。来場者からも「1時間で1本普通だったから『それなー』と思っているんですけど」という声が上がっていた。
一方、誇りと愛着に満ちた「それな」もある。
白バラとは地元の牛乳ブランド、北海道とは鳥取の回転すし店のチェーンだ。他県から訪れた人が必ずといっていいほど高く評価するこの2つは、県民が心の中で静かに誇りに思っているブランドでもある。声高に自慢するわけではないけれど、他県の人に褒められると嬉しい——そんな県民感情をうまく切り取ったパネルだ。
竺原さんのイチ押し——「鳥取対米子」の局地戦
企画者の竺原さん自身がイチ押しとして挙げるのは、自ら考えたというこのパネルだ。
竺原さんは「鳥取対米子みたいなので、ローカル争いみたいなのかなり自信あります」と話す。鳥取県の県庁所在地は鳥取市だが、県西部に位置する米子市も商業や交通の面で発展しており、どちらが栄えているかという議論は地元民の間で親しみを持って語られる話題だ。
よそ者には伝わりにくいが、地元民には深く刺さる——そういうローカルな機微をパネルに込めた竺原さんは、「ローカルネタというのは、やっぱり地元民ならではですけど、その分共感できるレベルが高いと思うので『それな~』と声を大にして言ってほしいなと思う」と語る。
「会話が生まれる展示」——価値観の共有という狙い
この展覧会が単なる"あるある"展示にとどまらない理由は、そのコンセプトにある。
竺原さんはこう言う。「価値観の共有というか、人によってこれは『それな』、人によっては『全然私はわからない』という作品があるので、そういうので会話していただいてより仲が仲良くなってくれたら」
共感の形は人それぞれだ。「それな!」と感じるパネルもあれば、「全然わからない」というパネルもある。その違いを話題にすることで、見知らぬ来場者同士や、一緒に来た友人・家族との会話が生まれる。それがこの展示の真の狙いだ。
来場者の反応も多様だ。「鳥取県民の『それな』が詰まっているんだな」と感心する声もあれば、「『受験は団体戦』とか、公立でよくあるというのは『それな』と思うけど…」と選り好みしながら楽しむ声もある。「(『それな』って)ないです。私ない。いい発信じゃないですか?ちょっと面白い田舎あるある的なところ」と、世代によって温度差があることも、また一つの「それな」かもしれない。
地元の魅力を再発見する場として
展覧会に訪れた来場者は口々に「楽しかった」と語る。「いっぱい楽しかった」というシンプルな一言が、この展示の本質を表しているようでもある。
鳥取市という地方都市で、遊び場やデートスポットが少ないという現状に対し、竺原さんと若者たちが出した答えは「自分たちで作る」だった。その姿勢は、完成した展示内容と同様に、一つの「それな」として多くの人に受け取られているのではないだろうか。
地元のことを「田舎だから」とネガティブに捉えるのではなく、そこに潜むユニークさや愛おしさを丁寧に拾い上げ、笑いと共感に変える——それがこの展覧会の本質だ。
そして最後のパネルには、すべての鳥取県民が納得するという究極の「それな」が待っている。
この一言に行き着くまでの100枚のパネルは、まさにその感情への助走だったといえるかもしれない。不便さも、ローカル争いも、謎の木のオブジェも、1時間に一本の汽車も——全部ひっくるめて「それな」と言えてしまえるのが、地元を愛するということなのだろう。
(TSKさんいん中央テレビ)
