島根県西端にある山間の町、津和野町。町にある唯一の高校に全国的にも極めて珍しい存在の生徒がいる。男子硬式野球部のキャプテンを務める3年生の上田彩葉(うえだ いろは)さんだ。公式戦への出場は規定で認められていない。それでも「男子の中で甲子園を目指したい」という強い思いが、彼女をグラウンドに駆り立てている。
「あっという間でした」――不安を乗り越えた3年間
自然と歴史が調和する津和野町。島根県の最西端に位置するこの小さな町に唯一ある高校、津和野高校に通う上田さんは、「めっちゃ楽しいです。学校が楽しみで、毎日来ています」と屈託なく話す。そんな明るい表情を見た友人は「部活の時とギャップがあります」と笑う。
放課後、上田さんが一目散に向かうのは野球部の練習グラウンドだ。津和野高校の野球部に女子選手は彼女ひとり。入学当初は「続けられるかなという不安も少しあった」と振り返るが、「やってみたら全然そんなことなくて、あっという間でした」と語る。
監督からの指名「人間としてふさわしいと思った」
津和野高校野球部は1990年に夏の甲子園へ出場。以来30年以上、聖地から遠ざかっていたが、甲子園に2度チームを導いた経験を持つ植田悟監督が就任すると、3年前の秋の県大会で33年ぶりにベスト4入りを果たした。その飛躍中のチームのキャプテンに抜擢されたのが、上田さんだった。
植田監督は、その理由をこう説明する。
「いろいろ気づいて指導してくれたり、導いてくれる。男子も女子も関係ない、人間としてどうかって見た時に、彼女がふさわしいと思ったわけです」
当の上田さんは指名を受けた瞬間、「驚きました。技術的に、キャプテンとして指示できるような人じゃないし、私がキャプテンなの?って思いました」と、素直な戸惑いを明かす。
「試合に出たいよりも強かった」――男子部に飛び込んだ理由
規定により、女子選手は公式戦への出場もベンチ入りも原則として認められていない。記録員としてベンチに入るのみ。それでも上田さんが男子の野球部を選んだのには、明確な理由があった。
地元・津和野で小学生の頃から野球を始め、投手や外野手としてプレー。中学では島根県の女子選抜チームにも選ばれ、進路を考えた際に他校の女子野球部という選択肢もあった。「最後の最後まで、男子の中でやるか、女子野球部に入るかは悩みました」と上田さんは話す。
背中を押したのは、中学3年生の時、父に連れて行ってもらった夏の甲子園の光景だった。
「本当にすごくて…。男子の中で甲子園を目指したいなっていうのが、試合に出たいよりも強かった」。憧れのグラウンドに選手として立てないことを理解した上で、あえて男子硬式野球部への入部を決意した。
「なんとしてでもついていこう」――同じ練習メニューをこなす日々
キャプテンとして上田さんが課せられたのは、男子部員と同じ練習メニューだった。「体力の差があるのを知った上で入っているので、でもなんとしてでもついていこうって気持ちで」と、下を向くことなく練習に臨み続けた。
その姿は部員たちにも強い印象を与えている。「僕らでも結構きついので、彩葉さんが僕らと同じペースでついてこられるのはすごいと思います」と口をそろえる。
春の公式戦で勝利「決断は間違っていなかった」
夏の前哨戦となる春の島根県大会。グラウンドの外から選手たちに「自信持って!自信持って!」と声を張り上げた上田さんの姿があった。チームは2回戦で出雲北陵を4対1で下し、新年度最初の公式戦を白星で飾った。
「私の決断は間違っていなかったなって思いました」。勝利の喜びをかみしめた上田さんは、目を輝かせてこう続けた。「キャプテンとしてチームをひとつにまとめて、一緒に甲子園を目指したいなって思います」。
30年以上遠ざかる聖地・甲子園へ――津和野の山あいから、女子キャプテンが仲間を引き連れて歩み始めている。
(TSKさんいん中央テレビ)
