木曽に魅せられた25歳の弁護士がいます。東京から移住し、2026年春、長野県大桑村に事務所を構えました。周囲も認める熱心さで郷土史研究にも力を注ぎ、「木曽の人の力になりたい」と励んでいます。
■歴史好きの本業は…村唯一の弁護士
長野県木曽町日義地区を歩く一人の男性。
大桑村在住・加藤拓哉さん:
「この辺りは宮ノ越の宿場の外れなので、宿場町というよりは農村地帯というか、いわゆる在郷と言われるような場所」
東京都出身、現在は大桑村に住む加藤拓哉さん(25)です。
加藤さんは木曽地域の歴史や文化を調べています。
加藤拓哉さん:
「この辺りでよくあるのが、頭に馬が乗っている馬頭観音」
馬頭観音は一般的に、馬の供養や旅の安全を祈り、まつられていますが―
加藤拓哉さん:
「(この辺りでは、伊那から)越えて来たコメを中山道に流通させるときに“牛”を使って運んだ。これは馬を弔うが、(この地域には)“牛”を弔うものもある。何気ない村の端にある石碑を見るだけでも知れることがあるのはいいと思って。こういったことが好きで回っている」
木曽の歴史に詳しい加藤さんですが、その本業はというと―
実は「弁護士」です。
2026年2月に大桑村に移住し、4月に弁護士事務所を構えました。村唯一の弁護士です。
加藤拓哉さん:
「(木曽の)南部が人脈がなくて、場所と歴史からも好きだった」
■東大生が「木曽」に魅せられて
加藤さんは東京生まれ。
小学生の頃、祖父から昔の話をよく聞き、歴史に興味をもったといいます。
大学は、東京大学法学部へ進学。
大学1年の夏休み、宿場町を見たいと訪れたのが、「木曽」でした。
下諏訪から木曽福島まで歩いて行ったと言います。
加藤拓哉さん:
「木曽路を歩いていると、いろいろな人に話しかけられて、地元の人としゃべっていいんだと。そういう発想がなかった」
この時の体験がきっかけで木曽が好きになり、大学2年の時に「木曽谷研究会」を立ち上げ、休みの度に木曽に来ては、地域の祭りに参加したり、施設でインターンとして働いたりして、住民と交流しました。
加藤拓哉さん:
「実際、木曽は地域によって全くバラバラで、そういうものが全部生で残っているのを見て、木曽の地域共同体は本当に面白い。『木曽路は全て山の中』と島崎藤村が言ったが、山の中だけど山奥ではない。いろんな時代のものが重層的に少しずつ残っている。そこに感動を覚える」
■就職後も休みは木曽へ 移住を決断
大学卒業後は、弁護士資格を取得し、都内の弁護士事務所に就職。
忙しい毎日でしたが、木曽への愛着は変わらず、休みがあれば木曽へ。
少しでも長く滞在したいと終電で来て、始発で帰ることもしばしばあったといいます。
加藤拓哉さん:
「木曽の人からもらう仕事の方がやりがいを感じた。研究もしつつ“木曽の人の力になりたい”。もっと近い距離でできるのがいいと思って」
そして木曽に移り住むことを決断し、2026年2月、大桑村に移住。事務所兼自宅を構えました。
4月には県弁護士会にも登録し、村唯一の弁護士として生活をスタートさせました。
加藤拓哉さん:
「弁護士の仕事は人助けになる、依頼者の悩みを納得させる手伝いをするということ。資料を読んで最適な結論に導くのは、結構歴史学に近い部分も、特に裁判とかになるとある。その辺は頭の使い方が同じ」
■“木曽のお母さん”との出会い
加藤拓哉さん:
「だいぶきれいになりました」
勝野清子さん:
「あ、よくなっているじゃん」
4月8日、事務所を訪れたのは勝野清子さん(76)。
加藤さんの村への移住をサポートした「木曽のお母さん」のような存在です。
勝野清子さん:
「ずくがよくある。自分の信念を曲げない、行動力がすごい」
勝野さんとの出会いは、大学4年の時。
村の伝統民謡を学びたいと訪れた際、勝野さんの家に泊めてもらったのがきっかけです。
勝野清子さん:
「木曽、歴史、右に出るものはないくらい、木曽のことを深く勉強しているというか好き。木曽のことを全て貪欲に体の中に全て詰め込みたいというのが加藤さんの欲の深さ」
■「古文書の会」で頼られる存在に
周囲も認めるほど、「木曽」のことを貪欲に学ぶ加藤さん。
勝野さんの夫・誠吾さん(82)とは、村の「古文書の会」の仲間です。
会は、木曽の住民らが2週間に1度集まり、木曽にまつわる古文書を読み解きます。
加藤拓哉さん:
「こっちだと終わるとか」
会の仲間:
「意味がつながっていかないもんね」
加藤さんは大学時代から独学で「くずし字」を勉強していることもあり、参加してまだ数回ですが、すでに頼られることも。
会の仲間:
「加藤さんに教わることがいっぱいあります。(今後は)古文書だけでなく、地域の様子、昔はこうだったとお茶飲みながら話せたら」
勝野誠吾さん:
「すごく勉強熱心。いい人が大桑村に住んでくれてありがたい」
■自宅は郷土資料の宝庫
加藤拓哉さん:
「長野県の郷土資料と、木曽の郷土資料と結構あって」
自宅の本棚には、木曽にまつわる本や資料がたくさんありました。
加藤拓哉さん:
「東京で神主をやっていた人が、御嶽山に登りに来て修行している(ことが分かる)。今も御嶽講で読むものもあります」
これらは古本屋や知り合いから手に入れたものです。
加藤さんは弁護士である傍ら、地域の歴史を調べる「郷土史研究」にも力を入れています。
加藤拓哉さん:
「(史料は)平然と焼かれて捨てられている。今も刻一刻と減っているので、そういうのを守る活動をしたい。(古い日記などは)公式の文書には残らない部分が残るので、そういう面白さはある」
■従軍日記を読み解き、企画展に
そして今、木曽町の資料館では、加藤さんが監修した企画展が開かれています。
3年前の2023年に、木曽町日義で見つかった日中戦争の従軍日記を加藤さんが読み解きました。
日記には、出征した男性が見た戦争体験や詩などが記録されており、加藤さん自ら資料館に働きかけ、企画展の開催にこぎつけました。
加藤拓哉さん:
「木曽に関することも戦地では書いていて、(昔は)9月1、2、3日に宮ノ越ではお盆をやっていて、中国の内地でも線香をたいていた記述とか」
義仲館運営・日義特産 海老沢将 社長:
「この時代をよく知る方や家族がいた人が多く来て、中には涙を流し、企画展を見る人もいる」
■「木曽の人の力になりたい」
木曽で「弁護士」として働きつつ、地域の人と一緒に「郷土史研究」も行う加藤さん。
これからも「木曽」の魅力や歴史を発信し、「木曽の人の力になりたい」と励んでいます。
大桑村在住・弁護士・加藤拓哉さん:
「(木曽を)一つずつ塗り広げていくというか、村だけでなく、広域(木曽)をまとめられるように手伝えたらいい。いろいろなところから教えてもらって、俯瞰的にまとめて発信したり、分析したり、新しいことを見つけ、また発信して、そんな立場になりたい」