1996年4月12日、日本の、沖縄の歴史が動くはずだった。

宜野湾市にある米軍普天間基地の返還合意から30年が経った2026年、政府は今も「辺野古移設が唯一の解決策」と繰り返し、工事を進めている。返還交渉には、政府首脳が沖縄の基地負担の軽減に向けて検討を重ね、米側に働きかけていた内幕があった。

橋本総理の「最重要課題」

1996年1月、村山内閣に代わって橋本龍太郎内閣が発足した。新総理の肩には、就任直後から沖縄の基地問題が重くのしかかっていた。

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前年の1995年に起きた米兵による少女暴行事件の発生、さらに米軍用地の使用継続を求める代理署名を大田昌秀知事が拒否したことで、県民の反基地感情は高まり、日本政府と沖縄県の関係は深刻に冷え込んでいた。

当時、橋本総理の政務秘書官を務めていたのが、元通産官僚の江田憲司さん(後に衆議院議員)だ。「沖縄の基地問題が本当に最重要課題として橋本総理の頭にあった」と当時を振り返る。

江田さんは、通産省時代に懇意になった秩父セメント元会長・諸井虔さんに関係修復の突破口を見出した。沖縄懇話会の本土側の中心人物で、大田知事と近い関係にあったからだ。諸井さんを通じて、水面下で大田知事の胸の内を探り始めたという。

クリントンの耳に残った「フテンマ」

1996年2月、橋本総理はカリフォルニア州サンタモニカでクリントン大統領との首脳会談に臨んだ。

会談の約1週間前、江田さんのもとに諸井さんから連絡が届いた。「今度の首脳会談で普天間飛行場の返還を口の端にのせていただくだけで、沖縄県民の感情は和らぐ」という、大田知事の切実な願いだった。

橋本総理は政治的リスクを承知の上でクリントン大統領に普天間基地の返還を直訴。後にこう振り返っている。

「知事から非常に強く訴えがあったのは『普天間を移す』という事だったわけです。(普天間返還を)今議論しようとは思わないけど、そういう強い要望があることを知事から訴えられているという事は知っておいてくれという形で(日米首脳会談の)議論に乗せたんです」(橋本龍太郎総理・当時)

首脳会談の3日後、クリントン大統領はペリー国防長官(当時)に普天間返還の検討を指示した。江田氏は当時の手応えをこう表現する。

「クリントン大統領の耳に『フテンマ』という4文字が残っただけでも大成功ですよ」

沖縄に従軍経験を持つ元海兵隊員でもあったペリー長官は、海兵隊内部の根強い反対を抑え込み、わずか一か月で返還案をまとめ上げた。そして1996年4月12日、日米間でSACO(沖縄に関する特別行動委員会)の中間報告として普天間基地の全面返還が合意された。

アメリカ側からの提案…という体裁に

返還合意当日の夕刻、橋本総理は大田知事に直接電話を入れた。江田さんが保管するメモには、そのやりとりが克明に記されている。

総理は大田知事に告げた。「今夜、モンデール大使とギリギリの交渉をする。そのためには今ある米軍基地の他の場所にヘリポートを作らなければならない。外務省・防衛庁ほかの閣僚も飛ばしてやろうとしている。それだけの決心だ」と。

返還合意は勢いよく動き出すかに見えたが、すぐに難題が立ちはだかった。返還の条件である基地機能の移転先が、まったく定まらなかったのだ。県内移設への反発は強く、議論は暗礁に乗り上げた。

そこで浮上したのが「海上ヘリポート案」だ。この案は対外的には米側からの提案とされてきたが、実際は日本側が仕掛けたものだった。

「『浮体桟橋方式』という海上施設案があって、杭打ちなのでいざとなれば撤去可能。だから基地の固定化への懸念ということもある程度払しょくされる、ということを私が説明して、それで橋本総理も前向きな姿勢を見せていたんです」

橋本総理は、外務省にも防衛庁にも知らせずに補佐官だった岡本行夫さんを通じて非公式に米政府関係者と接触。米側の提案として海上ヘリポート案を提案してほしいと交渉したという。米側の感触は良く、SACO最終報告には「海上基地を追及する」という文言が明記された。

「沖縄の心に寄り添う」

しかし海上ヘリポート案は、県民からの強い反発を受け断念。その後も移設案は米軍再編計画に組み込まれながら変更を繰り返し、現在のV字型滑走路建設案へとたどり着いた。

橋本総理が政治力を駆使して目指した普天間基地の全面返還は、30年の間に形を変え、本質的な解決はされず今日に至っている。江田さんは強硬さが目立つ現在の政府の姿勢について、静かに言葉を紡ぐ。

「常套句のように『沖縄の心に寄り添う』と形式的な文言を連ねるだけで、全く心がこもっていない。草葉の陰で橋本総理が嘆いておられるのではと推察していますね」

沖縄の基地負担軽減、危険性の除去という大きな問題を孕む普天間基地の返還。県民の切実な願いは叶わぬままだ。

沖縄テレビ

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