宮崎国スポ・障スポについてお伝えする「Link to国スポ・障スポ」。
かつて、宮崎県のボウリング競技を牽引してきた男性が、大病を乗り越え宮崎国スポ出場をめざしています。そこには献身的にサポートをしてきた妻への思いがありました。

そろばん宮崎市にある「曽我珠算塾」。ここでそろばんを教えるのが、野崎俊哉さん、44歳です。そんな野崎さんが宮崎国スポで出場をめざす競技は・・・

ボウリング競技。
野崎さんはかつて国際大会で銀メダル獲得、国体に4度出場するなど宮崎を代表するトップボウラーでした。しかし、8年前にくも膜下出血を発症。右半身が麻痺し全く動かない状態になりました。

(野崎俊哉さん)
「ボウリングもそうだけど普段の生活も無理かなと思った」

失意の中にある野崎さんを支え続けたのは妻のみゆきさんでした。

(野崎俊哉さん)
「妻だから安心できるものがある。(自分を)間違った方向には行かせない」

過酷なリハビリが実を結び、多少の麻痺が残るものの、野崎さんはレーンに戻って来ました。

(野崎俊哉さん)
「投げている姿を見せてあげたい。それを見て妻がここまでなったんだと思えるようにしたかった」

(妻 みゆきさん)
「競技としてのボウリングにまた復活できたことがあの頃では想像できなかった」

ここまで支えてくれた人たちに宮崎国スポに立つ姿を見せたいと練習に励む野崎さん。
この日もみゆきさんは野崎さんの投球を撮影していました。

(妻 みゆきさん)
「宮崎国スポのためにやってきたので楽しみも不安も両方あるけど」
「(ここまで)頑張ったな」

ボウリング仲間で野崎さんと20年以上の付き合いがある下地良信さんも投球を見守ります。

(ボウリング競技仲間 下地良信さん)
「病気のこともあったので本当に心配したけどスピードも年々上がってきているし、体の動きも復活した頃より大分良くなってきているので、まだまだやれると思う」

野崎さんの母、僚子さんも期待を寄せます。

(母 僚子さん)
「自分のペースで今まで何十年もボウリング一筋で来ているからそれが結してパッと花開いたらいいと思います」

今の状態は病気前の7割程度と話す野崎さん、それでも気持ちは前向きです。

(野崎俊哉さん)
「過去を振り返っても前に進まないと思うので今の自分が100パーセントというつもりでボウリングをしないといけない」
「来年の国スポが最後の挑戦と思っている」

強い思いで国スポをめざす野崎さんにみゆきさんは・・・

(妻 みゆきさん)
「頑張っているし頑張ってきたのでそういう人に頑張ってということはできないからとにかく応援しているからねとそれだけですね」

(野崎俊哉さん)
「頑張ります」

(妻 みゆきさん)
「応援してます」

逆境に立ち向かってきた2人が見据えるのは、宮崎国スポの舞台です。

(野崎さん夫婦)
「病を越えて、夫婦で国スポへ!」

宮崎国スポ・ボウリング競技は来年9月30日から10月4日まで、宮崎市の宮崎エースレーンで行われます。

テレビ宮崎
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