【球が浮くのが見えた ノーヒットで選抜出場目前に…伝説】
遠藤:
夏は完全試合されて、1年生秋の関東大会では、1回戦でデッドボールを受けてしまったと。

[ 作新学院1年(1971年)秋季関東大会
1回戦 1 - 2 前橋工 4回までノーヒットノーラン。5回頭部に死球を受けて退場、その後逆転されて敗戦 ]
江川:
それはですね、栃木代表かなんかになって、群馬と試合が。
当時、群馬と栃木が当たるんですけど、それを勝つとたぶんセンバツに選ばれる可能性があるという試合で、またその日が調子良かったんですよ、これ。
もう、きょう自慢していいっていうんで。
何度も話しますけど、1回の2アウト目ですね。2アウト、3アウト目か。3アウト目から。2・3・4回と連続10三振取ってたんです。
徳光:
ほーすげえなあ。

江川:
その時は、投げたボールがピューンと浮いていくのが見えたんです、本当に。
徳光:
自分で?
江川:
自分で。珍しいんですよ、それ。人生に何回か見えたうちの1回なんですけど。
徳光:
そういう証言する打者はかなりいますけども、ご自分で見えた?
江川:
自分で見えたんですよ。投げたらこのフワーンと上がっていくのが見えたんですよ。
だからきょうはもう、この試合はノーヒットノーランか完全試合になるって思ってました。
それで、5回か何かに、ランナー2塁でパッターボックスに立った時に、調子もいいし連続10三振なので、すごくいい気になってましたよね。

江川:
それで、ちょっと踏み込んで打ちにいったら、頭にデッドボールが当たりまして。
当時、ヘルメットは耳付きじゃなかったんです。僕、1個だけ学校に耳付きが来たので、「僕がかぶるから」って言って。
それで僕、耳付きをかぶってたんですけど、こう当たって、耳付きのヘルメットが割れましてね。ひびが入って割れまして。
で、耳から出血がありまして、そのまま病院に救急車で。

江川:
その回の裏かなんかに先輩が投げたんですけど、2点取られちゃって2 - 1で負けるんですけど。
病院で一応、父親が見に来てたもんですから、父親と母親が。
一緒に救急車に乗って病院に着いた時に、お医者さんが「脳からの出血だったら助かりません。耳から内耳かなんかの出血だったらなんとか大丈夫です」っていうのは聞こえたんですよ。「えっ、どっちなの?」みたいな。頭もガンガン割れそうなんですけど。
そしたら、脳からの出血じゃなかったので、「1週間か2週間入院していただければ大丈夫です」って。
徳光:
よかったですね。

江川:
ところが父親に、その時怒鳴られまして。
なんで、はってても1塁いかないんだって、怒鳴られたんですよ。
で、3日で退院させられたんですよ。まだ血出てたのに。
徳光:
鉱山技師怖いですね。
江川:
怖いですね。ここで何やってるんだ。練習やれって。
病院の先生「ダメだって、動かしちゃいけない」って言うんだけど、「脳じゃないでしょ」って言って。もう帰るって。
【「打たれない」と確信 人生で3回最高の投球伝説】
徳光:
ご本人に伺ってもそうだし、ほかの人から伺っても、すごさはずいぶん伝わっているんでありますけども、ご自分で、やっぱりすごい、「自分のボールはバッターは打てない」というふうに自覚すると思うんですけども。
したでしょう?高校1年・2年生ぐらいの時には。

江川:
だから一瞬思ったのは、さっき連続10三振の時は、たぶん「これは浮いていくから無理だな」と思いました。それ1回だけ見たんですね。
あとは大学で1回あるんですけど、途中で。あとプロで1回、3回あります。
徳光:
そう、自分の浮いたってやつが。
江川:
浮いたのと、あとは大学はちょっと割愛するとして、長くなっちゃうんでね。
プロの時は、(3年目)20勝のあとに。
これも普通に言うと信用しないんですよ。でも一応言ってみますよ。

江川:
あまりに調子が良かったんで、こう(ピッチャーの)手から離れる前って、バッター打てないのは分かりますよね。
手から離れる前は、バッター打つことできないじゃないですか。

江川:
でも、手からパッと離した瞬間に、バンってミットに入っている時がありまして。
で、こうパンッと投げた瞬間に、「これ打つ時ないな」って思った時あります、本当に。
だってもう離した瞬間、ここからこのぐらいしかないから、ミットまで。
徳光:
えぇー。
江川:
だって離した瞬間、バンッと入ってるんですよ。本当なんですよ。
いやこれ言ってても信じないから。
毎回じゃない、その1球だけ。パンって入ったから。1回だけですよ。毎回そう思ってるんじゃないですよ。1回だけ。20勝のあと。

江川:
それでその日、調子に乗って(投げていたら)、「面白い。離したらすぐミットに入っちゃう」って、脇腹傷めたんですよ。
徳光:
その時に。
江川:
20勝したあとに。だから20勝しかしてないんですよ。

[ 1981年 20勝6敗で2年連続最多勝 ]
徳光:
代償も大きいですね。
江川:
言ってないんですけど、監督に言ったら怒られるから、ずっと内緒にしてましたけども。
(1981年の)日本シリーズは、ここ(脇腹)痛めたあとで投げているですよ。日本ハム戦は。
徳光:
そうですか。投げ方がいつもと違ったんですか?
江川:
いやーその腰、ここのキレが良かったんですね、ひねりが。
それが良かったんです。ブルペンでもキュッとやってたんですよ、面白くて。
そしたらビリってきたんですよ。
徳光:
(捕手)山倉(和博)はよく捕れましたね。
江川:
それはね、ブルペンだから、山倉じゃないんですよ。
徳光:
そうなんだ。
江川:
ブルペンの人がしてます。
遠藤:
試合じゃなくて。
徳光:
じゃあ試合では投げてないんですか?
江川:
違うんですよ。
徳光:
じゃあ、その痛いまま試合を迎えるわけですよね。
江川:
ええ、これごまかして。日本シリーズの前ですから。
ここ何かサラシ巻いたりなんかして。
徳光:
そうなんだ。
江川:
「なんで投げないんですか?」って。「ちょっとね休養してるんですよ」みたいにマスコミには言って。
ごまかしながら。
徳光:
そんなことがあったんだな。
江川:
あったんですよ。
