江川卓氏(70)が、「空白の一日」について初めて語った…。
前年のドラフト会議で指名したクラウンライターライオンズ(当時)への入団を拒否し、アメリカで“野球浪人”していた江川卓が、1978年のドラフト会議前日にジャイアンツと電撃契約した。
当時世間を揺るがした「空白の一日」の大騒動について、初めて親交の深い徳光和夫に語った。(“完全版”は後日公開)
【球界大激震「空白の一日」 「これもめないんですか?」伝説】
徳光和夫:
それでいよいよ日本のドラフト会議になるわけですけど。
ただ、1978年のドラフト会議の時は、ロサンゼルスに本来いる予定だったんですってね。
江川卓:
「ほり川」さんという和食屋さんが、時々堀川さんにお邪魔してたので、日本料理屋さんに。
そこがドラフトの日に記者会見をやる場所を提供していただけるという話をいただいたもんですから、そこでずっと待つということになりまして。それで、その会場を用意するということで待ってたんですよね。

江川:
そしたら夜中に父親から電話がありまして、「日本に帰ってこい」ということで、「巨人に入れるかもしれないから」っていう電話で、ガチャッと切られたので。
当時国際電話高いんで、すぐ切っちゃうんですよ。何分も話すと。
今だとタダですけどね。

徳光:
で、ドラフト前日のいわゆる「空白の一日」といいまして、巨人軍との電撃契約ということになるわけでありますけど。
今のお話を伺っていますと、ご自身は一切知らされてなかったわけですね?
江川:
「(巨人に)入れる」っていうのは、全然日本に帰ってきてからです。
徳光:
帰ってきてからね。もしかするとという話はあったかもしれませんけど。
江川:
いや、それもないですよ。
巨人に入れるかもしれないから帰ってこいというだけですから。それで電話切られたので。

徳光:
ここで船田先生(船田中・自民党副総裁)が登場するわけでありますけども、それで蓮実進さんとおっしゃいましたかね、秘書の方がね。
この方がいろいろ動いたりなんかしましてね。
江川:
これでも、徳さん、ここだけは使っていただきたいんですけど、アメリカ行く際に、僕の身分というのがあって、学生卒業しているので、僕行ったの「作新学院の職員」で行ってるんですよ。
だからドラフトも、当時阪神がドラフトした時に、ちゃんと出てるのが「作新学院職員」で出てるんですよ。

江川:
身分が船田先生にお願いをして「職員」にしていただいてアメリカに行ってるので、それがまったく報道されなかったんで、僕は「政治家の人を入れた」ってことで、みんなそればっかり言って。
そうじゃないんですよ。先生にやっていただいたので、ちゃんと報告をしていたというだけなんですけどね。
徳光:
船田先生が作新学院の理事長なんですよね。
ですからそういう意味で、船田先生というのは、政治家・船田中じゃないわけですよね。

[ 船田中(ふなだ・なか)1979年没83歳:
防衛庁長官、衆院議長など歴任。「空白の一日」当時は自民党副総裁。作新学院の理事長として江川の後見人を務めていた ]
江川:
ないんですよ。
理事長なんですけど、職員にして行かせていただいて。行けなかったので。
遠藤:
雇用主ということですね。
徳光:
そういうことだね。
江川:
だから、ちゃんと帰ってきたら、ごあいさつに行ったと、そういうことなんです。
だけど、それが政治家を利用したみたいな話がちょっとこう。
徳光:
これがね、ファンの人たちも、おそらくそういうふうにとらえたと思う。
それだけ船田先生の発言権というのは、日本の政界の中で強かったからね。
より以上に、そういうふうに皆さん受け止めたんじゃないかなと思うんですけど。
蓮実秘書が巨人に入団できるって言った時に、本当に入団できると思いました?

[ 蓮実進(93):
船田中氏の秘書を務め「空白の一日」を主導。後に衆議院議員 ]
江川:
帰ったのは夜だったんですけど、夜すぐ寝て明日朝早く起きてくれって。説明するからって。
朝起きたら、7時くらい起きたんですかね。起こされて全部、全文というか、(野球協約の)文章を見せられまして。
で、見せられたのは、そのドラフトの書いてあるのが、ドラフトの前の日まで、クラウンから変わった西武さんが指名権はありますよって書いてあるんですね。その次の日から「ない」というふうに書いてある。

[ 当時の野球協約で前年に西武(クラウンから譲渡)が得た独占交渉権は、ドラフト会議の「前々日」が「期限」だった ]
江川:
で、条文が変えられたのを見せられて、コミッショナーが夏にですね、それまで「浪人」というのがいなかったので、浪人というのを、「中学・高校・大学に在学し」と書いてあるんですよ、それまでの条文は。「在学し、ドラフトを受けなかった人が新しいドラフトをされる」と書いてある。

江川:
その条文が変わっていて、「中学・高校・大学に在学した経験を持ち」と入れたんですよ、夏に。
それで「あれ?」ということになったらしいですよ。
「浪人」を入れたと。江川卓のために。浪人入っちゃう。

江川:
それが新しい次の、1日をおいた次の日(ドラフト当日)から効力が発揮するので、この1日(ドラフト前日)だけは何も拘束されない」という説明を受けたんですよ。
なるほどねって思ったんですよ。そういうことかと。
コミッショナーが変えたんだという説明だったので。
だから、コミッショナーが困ってますって。不当に契約されると。
ズルくてやるんじゃないんですと。
野球協約のこれ読むと、そういうのと次に契約しなさいって書いてあるんですよ。
「いやいやいやすげえな」と思って。

江川:
1時間ぐらいしか時間ないですから、「(記者会見)セッティングしてあるから」と言うから、「いや、ちょっと待ってください。これもめないんですか?」って言って。
そしたら、「それは全部、もめませんってことになってます。条文が正しいんだから、それに従ってやればいいことなんで」って言って、「おやじ大丈夫なの?」って言ったら、「いやいやおまえが読んだ通りだ」って言うから、「わかりました」って、ハンコを押したんですよ。
徳光:
そこで初めてハンコ押したの?確認してね。

[ 1978年11月21日 ドラフト会議の前日に江川は巨人と「ドラフト外」で電撃契約 ]
江川:
朝9時前ですかね。それで着席しようと思ったら、向こうの方から「うわぁ」って来て、「ずるいぞー!ひきょう者!」みたいな。

江川:
という時に、カメラがセッティングされる途中で、セッティングされた時に、「興奮しないでやりましょう」って僕の一言だけが放送に入ったんですよ。その前の罵声がすごかったのは、セッティングしてた時に。
徳光:
それは映ってないね。

江川:
入ってないんですよ。だから僕は突然、「興奮しないでやりましょうね」っていうところから入ってるので。
もう(印象は)小生意気ですよね。「この野郎」みたいな。
びっくり。「え!」って。そうか、なんでこんなのもめんのって。もめないっていうふうに書いてあるんだけどっていう感じですよ。
いくら説明してもそこ全部カットですね。テレビってカットできるので。
徳光:
なるほどね。
