プロ野球に偉大な足跡を残した選手たちの功績・伝説を徳光和夫が引き出す『プロ野球レジェン堂』。記憶に残る名勝負や知られざる裏話、ライバル関係など、「最強のスポーツコンテンツ」だった“あの頃のプロ野球”のレジェンドたちに迫る!

作新学院で2回の完全試合を含むノーヒットノーラン12回。
高校時代から数々の伝説を残し“怪物”と呼ばれたレジェンド・江川卓。
少年時代から作新学院、甲子園までの伝説を本人の言葉で回顧する。

(中編からの続き)

【「ノーヒットで甲子園」寸前も縦スクイズで敗退伝説】

遠藤:
2年生の夏です。
小山高に敗れているんですが、それまでの試合はずっとノーヒットに抑えていたと。

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[ 作新学院2年(1972年)夏 栃木大会
2回戦 9 - 0 大田原 ノーヒットノーラン
3回戦 3 - 0 石橋 完全試合
準々決勝 1 - 0 栃木工 ノーヒットノーラン
準決勝 0 - 1 小山 延長11回1失点 ]

徳光:
すごいよな。

江川:
これすごいんですよ。これ自慢ですけど、1試合目がノーヒットノーランですよ。

徳光:
大田原

江川:
で、2試合目は完全試合ですよ。

徳光:
対石橋高校。

江川:
3試合目がノーヒットノーランですよ。

徳光:
栃木工業高校。

江川:
で、4試合目が10回2アウトまでノーヒットノーランですよ。
だからそれ、うまく1点取ってたら、1本もヒットを打たれずに甲子園に出られたかもしれないですよ。
でもそんな甘くないですよ、世の中は。

徳光:
いや、小山高校も相当、「江川研究」をしてたってことなんですか。

江川:
してたんですね。小山高校は。
僕が行けなかったところですからね。

徳光:
たまたま当たって、向こうのピッチャーの方もすごく調子よくて、ずっと0 - 0でいくわけですよね。

江川:
で、10回に1本ヒット打たれて、11回がヒット、内野安打ですね、たぶん。
それで送りバントで2塁・3塁になって、スクイズで負けるわけです。
で、監督がキャッチャーの方に、「外せ」のサインを出したらしいんですけど。ウエストボールですね、スクイズあるから。
そしたら、キャッチャーの方が勘違いしてカーブのサインを出したっていうふうに、あとから聞きましたけど。そのカーブを、徳さんは信じるけど、遠藤さんは信じないと思いますけど。
カーブってすっごく曲がったんですよ、僕。縦にガーッとすごいの。

徳光:
落ちるカーブ。

江川:
一応、自慢していいっていう回なんで。
曲がったんで、普通バントって、スクイーズってこうやるじゃないですか。
あまり曲がりすぎたんで、バッターがバントを縦にしたんですよ。ウソっぽいでしょ。
こうしてガーンって曲がったら、バッターが縦にしたんですよ。
ここに当たってサード側にうまく転がったんですよ。
それで負けたんですよ。

遠藤:
スクイズの1失点。

徳光:
奇跡の縦スクイズ。

江川:
縦スクイズ。

徳光:
それ見えた?

江川:
はい、縦に。

徳光:
自分で。

江川:
一応カーブも結構曲がってましたからね。

徳光:
江川さんのカーブ、何種類かありますからね。

江川:
高校の時の方が曲がってたんですよ。
それだから、縦にして。