4月11日に熊本市上空を飛行するブルーインパルス。熊本出身の松永大誠さんがパイロットとして、故郷の空からエールを送ります。訓練の様子、そして熊本でのフライトに込める思いを取材しました。

熊本出身のブルーインパルス・パイロット

9年前、熊本の空を飛んだ『ブルーインパルス』。あの日、多くの県民が空を見上げ復興へと進む私たちの背中を押してくれました。熊本を襲った未曽有の大災害から間もなく10年。再び熊本の空にブルーインパルスが帰ってきます。

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航空自衛隊・松永大誠3等空佐は「9年前にブルーインパルスが熊本を飛んで(私も)ブルーインパルスを目指した。たまたまタイミングが良く、この節目の年に我々もブルーインパルスとして熊本の皆さんに見ていただいて、少しでも勇気づけできれば」と話します。

この日、熊本市を訪れたブルーインパルスのパイロット松永大誠3等空佐。済々黌高校出身で防衛大学校を卒業後に航空自衛隊に入隊。戦闘機パイロットなどの経験を経て2023年に憧れのブルーインパルスの部隊に配属されました。

松永3等空佐は「熊本は私がずっと過ごしてきた場所なので、その空を飛んで、上から自分の地元を見下ろすのは、個人としては感慨深いものがある」と話します。

航空自衛隊・松島基地での訓練に密着

宮城県東松島市にある航空自衛隊松島基地にブルーインパルスの部隊はあります。

この日は朝の6時40分からミーティング。天気や風向きの変化など細かい気象状況を確認し、訓練の内容を決めます。機体ごとの訓練も行いますが、この日は全員で行うアクロバット飛行の訓練日。約30種類ある課目の中でどの課目を組み合わせるのか、課目の間で、どのように隊列を整えるかなど細かく確認します。

松永3等空佐は「天気が良いバージョンと悪いバージョンになっていて、今日は雲の高さに応じて、今のところ天気の良いバージョンでできるが、上空にいきなり雲が入ってきて悪くなったら、こっちに切り替えるよという感じ」と話します。

松永さんが操縦するのは先頭の1番機の左後ろに位置する2番機です。松永3等空佐は「1番機が適切な命令を下してくれるので、そのボイスに合わせて私たちは従うだけです」と話し、1番機の御厨成祥3等空佐は「プレッシャーです」と笑顔で返します。

御厨3等空佐は松永3等空佐について「脂がのってイケイケです。絶大な信頼を持っている」と信頼を寄せます。

そして、いよいよ訓練へ。この日は3番機のパイロットが休暇のため、5機による訓練です。本番さながらに様々な課目を流れるように披露していきます。

松永3等空佐は「(2番機は)6機の編隊飛行の隊形の要で、私が隊形を取ることによって、周りの残りの5機がきれいなダイヤモンドの三角形やデルタ隊形をつくる。私の隊形がズレていると、全体の隊形のバランスがズレてしまうので、私は基本的に1番機に対して隊形を保持することが役目になる」と隊形の重要性を話します。

課目中の機体の速度は時速およそ800キロ。最大で体重の7倍もの重力加速度に耐えながら、隣の機体と90センチまで接近し、高精度のフォーメーションをつくり上げ、約40分間の訓練を終え戻ってきました。

松永3等空佐は「意外と曇って見えるんですが、上空上がったら天気よくて、ただ風が強かったので、編隊飛行する上では難易度が高かった」と話します。

これからの復興と発展の節目のフライトに

松永さんは現在、後輩パイロットに技術を継承していて、近く交代時期となるため、熊本でのフライトが最後の展示飛行となります。

松永3等空佐は「ここを飛びたいと思って飛べるものではないので、まさか最後の展示飛行で熊本を飛べるという、本当に奇跡的な縁を与えてもらったので、心を込めて飛行したい。空を見上げて、ここまでの復興の努力を、まずは我々も感謝の飛行をし、これから10年、20年先に向けて前を向いて復興と、これからの熊本の発展に向かっていけるように節目のフライトになれば」と、4月11日への思いを語りました。

熊本地震から10年。あの日憧れたブルーインパルスのパイロットとして、今度は自らが操縦かんを握り熊本の空へ。これまでの感謝とふるさとの未来にエールを届けるために、地元熊本でのラストフライトに臨みます。

熊本市では、当日熊本城二の丸広場で観覧イベントを実施。ブルーインパルスの隊員によるトークショーや限定グッズの販売などを行う予定です。

(テレビ熊本)

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