イスラエルの有力英字紙「エルサレム・ポスト」電子版に3月31日、次のような見出しの記事が掲載されていた。
「TACOトランプの復活か? 湾岸諸国はトランプが成果ないままイラン戦争を終結させるのではないかと恐れている」
TACOとは「Trump Always Chickens Out――トランプはいつも最後には怖気付いて腰が引ける」の意味で、トランプ政治に振り回されるウォール街で生まれた言葉だという。
体制転換が目標だったが…
米国時間4月1日、トランプ大統領はイラン戦争について「イランの陸海軍を壊滅させ、初期の目的は達成された」として「遠からず米軍を帰還させる」と終結を予告した。
開戦当初、トランプ政権が掲げた目標は明確だった。イランの核能力の破壊、軍事力の無力化、さらには体制転換。しかし終戦に向けた現実の条件は、それとは大きく異なっている。
ホルムズ海峡の完全再開は必須条件から外れ、イランの体制も維持される見通しだ。さらには同盟国に海峡の安全確保を委ねるような発言すら出ている。
今回の戦争も、強硬な姿勢を打ち出しながら最終的には後退するという、TACOと呼ばれてきたパターンを想起させる展開となっている。
その意味で、「エルサレム・ポスト」の報道はスクープものだった。
非対称戦とホルムズ海峡封鎖
では、イランはこの戦争に勝利したのか。
軍事的には大きな損害を受けた。基地は攻撃され、指導部も打撃を受けた。しかし戦争の帰結を左右したのは、軍事ではなく経済だった。
イランは正面衝突を避け、ドローンやミサイルによる非対称戦を展開した。そしてホルムズ海峡という世界最大級のエネルギーの要衝を封鎖し、原油価格を押し上げた。
その結果、戦争の圧力はイランではなく、むしろ米国と世界経済に波及した。
制裁の一部緩和を余儀なくされ、国内では物価上昇と支持率低下が進む。
戦争の「コスト」は、時間とともに増幅していった。
この構図は明確だ。短期決戦を想定した側に対し、長期戦を前提とした側が主導権を握った。
イランとベネズエラは異なる
さらに重要なのは、イラン体制の性質である。
ベネズエラのような権力構造とは異なり、イランは革命防衛隊を中核とするイデオロギー国家だ。指導者の排除は体制崩壊にはつながらず、むしろ内部の結束を強めたと指摘されている。
結果として、より強硬な体制への移行すら起きている可能性がある。
トランプ政権3つの誤算
トランプ政権の誤算は三つに整理できる。
第一に、体制の強靭性の過小評価。
第二に、非対称戦という戦争の変化の見誤り。
第三に、経済への影響の軽視である。
とりわけ最後の点は決定的だった。1万回を超える空爆よりも、原油価格の上昇の方が政治的影響は大きかった。戦争は戦場ではなく、市場で帰結を迎えつつあった。
では、この終結は何をもたらすのか。
湾岸諸国の間では、「歴史的機会を逃した」との見方が広がる可能性がある。イランの脅威を根本的に削ぐ機会は失われたという認識だ。
同時に、エネルギーをめぐる力の構図も変わる。ホルムズ海峡という世界最大級のエネルギーの要衝の有効性は改めて証明され、「エネルギーそのものが戦略兵器である」という現実が浮き彫りになった。
そしてもう一つ、見逃せない変化がある。
軍事力の優位が、そのまま戦争の勝敗を決める時代ではなくなったという点だ。低コストの攻撃と経済的打撃が、大国の戦略を揺るがす――そうした構図が現実のものとなりつつある。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)
