能登半島地震で妻と3人の子どもを含む親族9人を失った警察官・大間圭介さんが、20年間の警察官生活に別れを告げた。「ずっと下を向いて、僕つらいですよって言いながら生きていくっていうのはちょっと違うな」――悲しみを抱えながらも前を向き、今年からギターを手に老人ホームへの慰問を始めた大間さん。最後の出勤となったその日、式典の場で涙があふれた。「家族に支えられた警察人生だった」。20年間をともに歩んだ家族への感謝を胸に、新たな一歩を踏み出した。
亡き妻子に捧げる「ありがとう」――警察人生20年、再出発の門出

3月31日朝、大間圭介さんは自宅を出る前に祭壇の前に立った。両手をそっと合わせ、静かに目を閉じる。棚には家族の写真と花束、お供え物が整然と並んでいた。
「ちょっと手を合わせていきます。」
そうつぶやいて、大間さんはいつものように出勤の支度を整えた。
「昨日の夜も、家族には『明日最後やし』とは一日の終わりには伝えて……きょう心の中では『きょうも最後やし行ってくるね』と思ってました。」
警察官として20年間勤めてきた大間圭介さん、この日が最後の出勤だった。
能登半島地震、9人の家族を失う

大間さんは2024年元日に発生した能登半島地震で、妻と3人の子どもを含む親族9人を失った。愛する家族の笑顔が帰らぬものとなり、自宅の祭壇には写真と花が供えられるようになった。
「やっぱり家族が帰ってこないっていうのが、何においても一番つらかったっていうのがあって。」
大間さんはそう振り返る。しかし、大間さんはただ悲しみの中に沈んでいることを自分に許さなかった。
「ずっと下向いて、僕つらいですよって言いながら、そういう気持ちを抱えながら生きていくっていうのは、そのままちょっと違うなっていうのはちょっと感じていて。」
失った家族への思いを抱えながら、それでも前を向いて生きていく道を、大間さんは模索し続けた。

地震の発生から2年が経った今年、大間さんは新たな活動を始めた。音楽が好きだった子どもたちに思いを寄せ、久しぶりにギターを手に取った。そして、県内の老人ホームやイベントで弾き語りを披露するようになった。
「自分が死ぬときになって家族に胸を張って、生きて頑張ったよと言えるように、そういう活動をしたいなと思って、今年の1月から老人ホームのほうにお邪魔させていただいて、歌を披露させていただいております。」
ギターを抱え、イベント会場で語りかけるように歌う大間さん。「心を込めて歌わせていただきたいと思います。よろしくお願いします」と頭を下げるその姿に、会場に集まった人たちは温かい拍手を送っていた。音楽が好きだった子どもたち。その思いを受け継ぐように、大間さんはギターの弦を鳴らす。歌は、亡き家族への手紙でもあった。

20年間の警察官人生にピリオド
こうした活動を続ける中で、大間さんは20年勤めた警察官生活にピリオドを打つことを決めた。
警察官として歩んできた20年間には、さまざまな思い出が刻まれている。
「私の中では、最初の交番勤務はやっぱり思い出に残っていますし、警察学校の教官になったことは結構、思い出深いなって。教え子もたくさんいましたし。」
県警本部に向かう車の中で、大間さんは笑顔でそう語った。最初の交番勤務で地域の人々と接した日々、そして後輩たちを育てた警察学校教官としての日々。どれも大切な記憶だ。

そして、長い警察官人生を支えた最大の存在についても、大間さんははっきりと答えた。
「やっぱり1番大きいのは家族の存在だったと思いますね。忙しいときとか、結構大変なときがあっても帰ったらやっぱり家族が待っててくれるなっていうやっぱり思いがあったので、それを楽しみにやっぱり頑張れたっていうところはあったと思いますね。」
忙しい業務をこなした夜、疲れて帰宅すると玄関で出迎えてくれる妻と子どもたち。その温かさが、20年間を走り続けた原動力だった。今はもう、その家族はいない。しかし、その記憶と感謝は消えることなく大間さんの胸に生き続けている。

県警本部では、この春退職する警察官33人に辞令が手渡された。式で、大間さんの名が呼ばれた。

「大間圭介様」
「はい!」

凛とした返事が式典の場に響いた。
「最後もいつも通りの一日を送りたい」と話していた大間さんだったが、式が終わり退庁の場となったとき、周囲からの拍手の中で大間さんの目から涙があふれた。
「20年間……すみません……何で涙が出てくるか分からないんですけど、20年間精一杯やってきたなと思います。」
自分でも驚いたように言葉を詰まらせながら、大間さんはそう語った。「いつも通りの一日」のつもりだったのに、体が正直に20年間の重みを教えてくれた。
「式典中も、家族のことをやっぱり……本当に家族に支えられた警察人生だったので。最後ほんとに家族のことを思って式典に臨んでいました。」

退庁後、大間さんに、今の気持ちを尋ねた。
「20年間やったけど、(家族に)お父さん頑張ってきたよという言葉は伝えたいなと思ってます。お疲れ様って言ってくれているんじゃないかと思います。」
その言葉を口にするとき、大間さんの目には穏やかな光があった。悲しみがないわけではない。しかし、その悲しみを抱えながらも前を向こうとする意志が、その目に宿っていた。

再出発、家族に胸を張れる人生へ
最後に、これからどんな人生を歩んでいきたいかを聞いた。
「警察を辞めたからには、ほんとに家族に胸を張って行けるような活動をしたりとか、そういうことができるような人生を歩んでいけたらなと思っています。」
20年間、家族に支えられて警察官として歩んできた。その家族は今はいない。しかし大間さんは、亡き家族に「頑張ったよ」と言える生き方をすることで、その感謝を伝え続けようとしている。

老人ホームでギターを鳴らすとき、大間さんは音楽が好きだった子どもたちのことを思う。弦を押さえる指先に、家族への思いが宿る。歌声に乗せた「ありがとう」は、天へと届いているはずだ。
「自分が死ぬときになって家族に胸を張って生きて頑張ったよと言えるように」――その言葉は、大間さんが自分自身に課した誓いであり、亡き家族との約束でもある。

金沢では、今年、いつもより早く桜が咲いた。20年間の警察官生活に別れを告げた大間圭介さんの新たな一歩に寄り添うように…。

(石川テレビ)
