年度内成立が困難になった2026年度の予算案。
この新年度予算案で物価高対策などと並んで注目されているのが“社会保障改革”だ。
政府は「高額療養費制度の上限引き上げ」や「薬剤費の自己負担見直し」などで、医療費を削減しようとしている。
「今、政府は『処方箋でもらう薬(OTC類似薬)の値上げ』と『スイッチOTC化の推進』の両輪で“薬剤費の削減”を進めようとしています。しかし安易な『スイッチOTC推進』は健康被害をもたらす危険性があり、慎重に進めなければ大きなトラブルにつながりかねません」
と話すのは薬剤師の中川直人氏。
『スイッチOTC』とは、「現在、医師に処方してもらう保険適用の薬」を、「薬局で買える市販薬」に転用すること。
どういうことか? 詳しく話を聞いた。
■処方薬をどんどん市販薬に?!「スイッチOTC」とは
【中川直人氏 薬剤師/全日本民医連理事】
OTCとは「オーバー・ザ・カウンター」の略。
『スイッチOTC』とは、「医師の処方が必要な医療用医薬品」を「薬局やドラッグストアで購入可能な市販薬」にスイッチ(切り替え)することを言います。
薬局やドラッグストアで“自己判断で買える薬”が増えることで、医療機関の受診が減り、“保険適用の処方薬”ではなく“自費で市販薬を購入”することになる…つまり医療費の削減につながります。
このため政府は『スイッチOTC化の推進』を加速させているのです。
スイッチOTC自体は昔からあり、医療用医薬品のうち「長い間使用され、有効性・安全性が確認された成分」が対象とされています。
しかし実際にはさまざまな副作用が多数報告されています。
■市販薬化「ロキソニン」アナフィラキシーに急性腎不全…命に係わる副作用が!
スイッチOTCにより、ロキソニンや、ガスター、タケプロンなど胃潰瘍の治療にも使われる薬など、さまざまな薬が店頭で買えるようになりました。
しかし、安全性が確認されたといっても、実際には重篤な副作用が報告されており、決して軽く考えてよいものではありません。
例えば、頭痛や生理痛などで幅広く使われている「ロキソニン(ロキソプロフェン)」は、以前は“劇薬”に指定されるほど強い薬と認識されていました。(現在は指定を解除されています)
全日本民医連が、全国1800以上の医療機関から薬の副作用についての報告をまとめた調査では、ロキソニンの副作用として、アナフィラキシー、急性腎不全、消化管出血など重篤な副作用が報告されているのです。
また、便秘の薬として処方される「酸化マグネシウム」も、副作用が数十件報告されています。妊婦や高齢者にも処方されますし、ただのミネラルと思って軽く考えたら大間違い。
高齢者の方や腎機能が弱っている方などが服用を続けると、高マグネシウム血症を起こし、吐き気や血圧低下、重症だと意識障害なども起きます。
しかもこれらは、医療機関において医師が処方し、飲み方などを丁寧に説明した上で起こった副作用です。全体からみれば氷山の一角。現状、市販薬による副作用は追いきれていない可能性が高いです。
さらに心配なのが、市販薬の用法容量を説明書通りに飲めていない人が多いのではないでしょうか。例えば痛み止めでロキソニンを服用し、痛みが治まらなくて自己判断で追加し過剰に飲む…思い当たる人もいると思います。
今後、スイッチOTC化が進み、自己判断で服用する薬が増えると、副作用が増加する可能性とともに、さらに実態が正確につかめないといったことが起こる心配があります。
■タミフルや喘息の薬までターゲットに
インフルエンザの薬「タミフル」は、症状の早期改善や、予防効果が期待される薬ですが、発疹、腹痛や下痢、吐き気、めまい、頭痛などさまざまな副作用が報告されています。
昨年末、この「タミフル」をOTC化しようという動きが明らかになりました。
現時点では医師会等からの反対意見が多いので、すぐにはならないと思いますが、インフルエンザの薬が医師の診察なしで、個人の判断で買えるようになるのはかなり危険なことではないかと思います。
今年2月には、「シムビコート」という喘息の治療に広く使われている吸入薬がOTC化の議論にあがりました。
喘息は、コントロールを誤ると命にかかわる病気です。医師の処方なしで、患者さんの自己による購入・服薬管理に任せるなど想像もつきません。
当然といいますか、厚生労働省の評価検討会議で、反対意見が大多数を占め、「OTC化は不適」と結論付けられました。
しかし、タミフルにせよ、シムビコートにせよ、医療従事者からすると「え!それをOTC類似薬にするの?」というものまでが候補にあがってくること自体、驚きを隠せません。
■医療費を削減するような政策はもっと慎重に…
日本は、すべての国民が医療保険に加入する「国民皆保険制度」のおかげで、病院に通いやすい国です。
風邪などで気軽に病院を受診し、保険適用の薬をもらえるのは日本特有であり、この医療にアクセスしやすい環境こそが日本を平均寿命、健康寿命共にトップクラスたらしめている大きな要因だと思います。
一方で、今後ますます高齢化が進み社会保障費が増える中で、どうやって制度を保つかということも同時に考えなくてはならない非常に重要な課題です。
ですが、このような命にかかわるような政策は、慎重かつ当事者である国民をもっと巻き込んで議論して欲しいと思います。
(中川直人氏 薬剤師/全日本民医連理事)