東日本大震災から15年。84人が犠牲となり、震災遺構として保存されている宮城県石巻市の大川小学校で、校舎の劣化が深刻化している。手を加えずに残す「存置保存」の方針のもと維持されてきたが、専門家は崩落の危険性を指摘。遺族からは、後世に伝えるためにも早急な対策を求める声が上がっている。
津波で84人が犠牲になった大川小学校
2026年2月末、宮城県仙台市でシンポジウムが開かれた。
石巻市立大川小学校で犠牲となった児童の遺族らでつくる「3.11を考える会」が主催、テーマは「被災した校舎の保存について」だ。
大川小学校は北上川の河口から約4km上流に位置し、東日本大震災の津波で児童74人、教職員10人の計84人が犠牲となった。
地震発生後、児童は教員の指示で約50分間校庭で待機させられ、その後移動を始めてまもなく津波に襲われた。
裁判では、学校側の事前の防災態勢に不備があったことが認められ、石巻市と宮城県に賠償が命じられた。
シンポジウムでは、次女を亡くした紫桃隆洋さんが、「少しずつ校舎自体が傷んでしまっている。この大川小学校を大切に長く保存し、長く伝えることが、これからの防災につながる」と語った。
卒業生の願い…校舎の保存決定
被災した校舎を巡っては、当初、地域住民から“解体すべき”という声が出ていた。
そうした中で、卒業生が声をあげたこともあり石巻市は保存を決定した。
大川小卒業生の只野哲也さん(2015年当時)は「大川小の校舎は、地震や津波の恐ろしさ、命の大切さを何十年、何百年、何千年と後世に伝えるきっかけにできればいい」と、保存の意義を述べていた。
市は、大がかりな修繕は行わず、被災したままの姿を残す「存置保存」の方針を取ってきた。
しかし、2024年12月には外壁のタイルが剥がれ落ちるなど、15年という年月の中で劣化が進みつつある。
深刻な劣化、危険性を専門家が指摘
大川小の校舎は普段立ち入ることができないが、2025年12月、石巻市の許可を得て遺族とともに1級建築士の木津田秀雄さんが調査に入った。
木津田さんは今回のシンポジウムで、「屋根の劣化がかなり進んでおり、屋根材が剥がれてコンクリートが露出している箇所もある」と報告した。
そのうえで「ひび割れから水が入ると鉄筋がさびてしまう。鉄筋がさびると最終的には破断してしまう」と危険性を指摘した。
木津田さんは雨水の浸透や、そもそも津波にさらされている影響で鉄筋の劣化が進んでいることに強い懸念を示し、早急な対応が必要だと指摘した。
1級建築士・木津田秀雄さん:
ひび割れがどんどん入ってしまって鉄筋も露出している。このコンクリートはもしかしたら、明日落ちてくるかもしれない。これ以上劣化しないように、何か上から塗るとかしないと非常に危ない。
また、2階部分についても「放置すれば床が抜け落ちかねない」と指摘し、「早急な対応が必要と考える。抜本的に、こういうものを後世に残していくためにどんな保存をしたらいいのか、どこにお金をかけるのか、どこから始めるのか考えないといけない」と話した。
遺構を残す意味
シンポジウムには、広島市の平和記念資料館の元職員・菊楽忍さんも登壇した。原爆ドームについて、高校生たちが募金などに取り組み保存の機運が高まったことを紹介した。
修学旅行生、労働組合、地域の町内会、婦人会、さらに海外からも募金が集まり、これまで5回の保存工事が行われてきたという。
菊楽さんは、「原爆ドームは将来起こりうる核被害、そういうものを警告する平和のシンボル。大川小は将来起こりうる自然災害を警告する、津波災害の象徴なのではないかと思う」と語り、大川小も保存すべきだと訴えた。
次世代へどう伝えるか
シンポジウムでは遺族も思いを語った。
長男を亡くした今野ひとみさんは、「うちの子どもたちは3人、大川小学校に入った。楽しい時間があの学校には流れていた。それが廃屋のようにボロボロになっていく姿を見るのが、とてもしのびない」と胸中を明かした。
今野浩行さんは、「(大川小では)人災によって子どもが亡くなっている。あの校舎をずっと残して、教育とか研修をして意識を高めてもらいたい」と語った。
大川小の校舎について石巻市は今後、レーザースキャナーを備えたドローンなどを使って劣化状況を立体的に把握することを決めていて、2026年度一般会計予算に関連費用360万円を盛り込んでいる。
ただ、長期保存には莫大な費用がかかると見込まれている。
「3.11を考える会」の只野英昭代表は、「当時の様子を維持しながら後世に伝えていかなければならない“教材”。自治体なり国なりが、一緒になって動いていってもらえればと」と話す。
シンポジウムでは、将来への保存に向けて機運を高めていくことが必要との声が上がっていた。
「3.11を考える会」では2026年3月時点で募金活動を行い、保存に向けた機運づくりを続けている。
