感謝の演奏会です。指の病気を乗り越え、2025年、活動を再開した長野県安曇野市出身の音楽家・上松美香さんが、地元で演奏会を開きました。発症した際の失意や復帰に向けた思いなどを語りながら復活の音色を響かせました。
■復活の音色 地元で響く
3月20日、安曇野市のホールに響き渡った透き通った音色。
演奏していたのは、市内出身の音楽家・上松美香さん(43)。
南米パラグアイの民族楽器「アルパ」の日本の第一人者として知られています。
ただ、この日、演奏していたのは、アルパよりも小型の「ミニハープ」。
10年前のある出来事をきっかけに、今はミニハープを中心に演奏しています。
音楽家・上松美香さん:
「自分自身が楽器をまた持って、ふるさとに戻り音楽を表現できると思っていなかった。絶望した日々もあったが、地元の皆さんに心からありがとうと伝える演奏ができて本当にうれしかった」
■親指が思うように動かなく…
南米音楽の演奏家だった両親の影響で、中学生の頃から「アルパ」を演奏してきた上松さん。
15歳の時には、本場・パラグアイ最大の音楽祭にも出場し、日本人初めてとなる特別賞を受賞。
17歳でメジャーデビューを果たし、活躍の場を広げてきました。
また、安曇野市で毎年開催される「早春賦まつり」で演奏を行うなど、地元での活動も大切にしてきました。
長く「アルパ」とともに歩んできた上松さん。
20日の演奏会では、10年前の出来事について明かしました。
上松美香さん:
「親指が中に巻き込んだ状態で戻らなくなってしまった。弦を『ド』と弾く音ができても、ここから戻らない状態」
2015年のソロコンサート中に右手の親指が思うように動かなくなったと言います。
診断の結果は「局所性ジストニア」。
脳の信号の異常が原因で体の一部が思うように動かせなくなる病気です。
上松さんは、右手の親指に症状が現れ、やむなく活動を休止しました。
上松美香さん:
「本当に終わったな、ずっと好きで弾いていた楽器が一瞬で弾けなくなったことで、ずっと真っ暗な状態」
■絶望の中「ママ友」が光に
大好きな「アルパ」を思うように演奏できない苦しみ。いつ完治するか分からない不安。
子育てにも追われ、音楽活動から遠ざかっていた中、4年前、次男が通う幼稚園の行事で「ママ友」たちが演奏する姿を見たことが転機となりました。
上松美香さん:
「幼稚園に通う子どもたちのママ友たちが音楽大好きだった。歌も大きな声で歌ったりしてすごく楽しそうで、それを見ていたら私もお母さんたちと一緒にもう一度、音楽やりたいな。完治したい、この病気を絶対に完治したいと思った」
■小さなハープの無限の魅力
もう一度、音楽を届けたい。
復帰への覚悟を決め、リハビリのために手に取ったのがミニハープでした。
現在、3人の子育て中の上松さん。アルパより小型のミニハープは、子育ての合間にも気軽に演奏できる楽器でした。
上松美香さん:
「(ミニハープは)小さいんですけど、表現できる音楽は無限。とても広い音楽をこの小さなハープで表現できることが一番の魅力」
リハビリを続けるうちに症状も改善し、2025年から少しずつ音楽活動を再開しました。
上松美香さん:
「また本来の演奏の仕方で音楽が届けられるんだということが、心の中で気持ちいっぱいにあふれていた」
■観客から感動と称賛の声
20日は、活動再開後、初めてとなる地元での演奏会。約450人が訪れました。
上松美香さん:
「ただいま」
観客:
「おかえり!」
♪「見上げてごらん夜の星を」
4曲目で披露したのは、地元・安曇野市を思いながら作曲したオリジナル曲です。
♪オリジナル曲「安曇野」
最後には、観客の歌声とともに「早春賦」も演奏しました。
♪「早春賦」
観客(市内から):
「ハーモニー、重なる音の美しさ、すごく魅力的」
観客(市内から):
「安曇野市で、こんなすてきな人がいらっしゃるというのは誇れますね」
観客(東京から):
「病気で(指が)動かなくなったと相当、精神的にくるものがあったと思うが、それを乗り越えられたのは本当にすごいな」
■「今の自分の音色が好き」
病気を乗り越えて活動を再開した上松さん。
これからは、今の自分だからこそできる音楽を届けていきたいとしています。
音楽家・上松美香さん:
「今の自分の音色が好きだなと思う。昔の演奏もあの時はあの時で光り輝いているものがあったんですけど、今の自分の音が好きというのを自信をもって言えるのは、病気にかかってからだな。苦しかったり、いろんなことがあると思うんですけど、『隣で必ず光があるよ』と言えるような音楽を奏でていきたい」