瀬戸内の尾道市因島に、50年以上続く書店がある。本を売る場所でありながら、近所の人が集まり、お茶を飲み、笑って帰っていく場所でもある。
全国で書店が減り続ける中、その存在はどこか温かく、少し切ない。

「ここは、老人ホームみたい」

「毎度、ご乗船ありがとうございます。間もなく土生港に到着しますので忘れものございませんよう、ご支度願います」

瀬戸内の多島美を眺め、船で因島へ
瀬戸内の多島美を眺め、船で因島へ
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船内アナウンスが流れ、港に降り立った。
「造船の島」として栄えてきた広島県尾道市因島。島の南側に位置する土生地区には昔ながらの商店街が残り、今も3軒の“町の本屋さん”が営業している。その中の1軒が「せとうち書房」だ。

1969年創業の「せとうち書房」
1969年創業の「せとうち書房」

この書店は、大きな笑い声が魅力の店主・小野ひとみさん(78)と、ボランティアで店番をする濱田国男さん(76)の2人で切り盛りしている。

店に光が差し込む昼下がり。入ってすぐの場所にレジカウンターがあり、その周りに小さな輪ができていた。本棚に背を向け、椅子に腰かけて話し込む人たち。高齢化が進む島では、家に話し相手がいない人も少なくない。そんな“常連さん”が、この店に集まってくる。

カウンターを囲んで笑いあう常連客
カウンターを囲んで笑いあう常連客

「ひとみさんが笑顔いっぱいだから、みんなに好かれるんですよ」
「話をしに寄って帰ると、気持ちがいいんです。相手をしてくれるのがうれしくて」
小野さんは少し照れたように笑う。
「そう言ってくれたらうれしいわ」

やり取りは特別なものではない。誰かがふらりと立ち寄り、言葉を交わし、帰っていく。せとうち書房は、本を売るだけの場所ではなく、島の人の“大切な居場所”になっているのだ。
「老人ホームみたいなものですよ」
常連客の冗談めかした一言さえ、納得がいく。

書店が常連客の“喫茶コーナー”に

店の日常を象徴するような場面があった。
「そうだ、ジュースしてあげよう!」
小野さんは思いついたように言うと、お手製のジュースをトレーにのせて戻ってきた。続けて、アイスコーヒーとロールケーキ。

本棚の間からコーヒーとおやつを手に現れる店主
本棚の間からコーヒーとおやつを手に現れる店主

「余分に持ってきたよ。お腹空いたじゃろうと思ったから」
取材班の分まで用意してくれた。
平積みされた本がテーブル代わり。この書店では常連客のための“喫茶コーナー”がよくできる。
「ウェルカム。去る者は追わず、来るものは拒まずだからね」
本が売れるかどうかは、あまり気にしていないようにも見える。

それだけではない。
ある日、小野さんが電話をかけていた。
「今日ね、炊き込みしたんよ。どうする?何時でもいいよ」
夕方、常連客が来店。手渡したのは本ではなく、手作りの炊き込みご飯だった。

手作りの炊き込みご飯を受け取る常連客
手作りの炊き込みご飯を受け取る常連客

「いただいていいのかなと思いつつ…。島の中でもなかなか見ないくらい優しい方です」
目の前の人を笑顔にしたい。その思いは“本屋と客”という枠を超えていく。

笑って「赤字でもしょうがない」

だが、サービスの度が過ぎると濱田さんがブレーキ役になることも。
「やりすぎじゃと思いますよ。本業を忘れているんじゃないかと」
「ダメ?」
「商売しよんじゃけえ」
「そうじゃねえ。聞くけど、聞かんのよね」
結局、濱田さんの忠告を聞かない小野さん。

店主・小野さん(左)と店番担当の濱田さん(右)
店主・小野さん(左)と店番担当の濱田さん(右)

「赤字でもしょうがない。笑って言わんとしょうがない」と明るく話す。
1冊あたりの利益はわずか。経営として成り立たせるには厳しい現実がある。それでも「借金はないんですよ、ゼロ」とどこか誇らしげだ。
せとうち書房が地域の役に立っている。それだけで十分なのかもしれない。

夫が遺した書店と、これから

1969年に創業したこの店は、もともと本好きの夫が開いたものだった。
「そのころはよく売れていたね」

かつてはにぎやかだった商店街
かつてはにぎやかだった商店街

因島が造船で活気に満ちていた時代だ。商店街もにぎわっていた。
ところが、夫は50代半ばで病に倒れ、長い闘病の末に帰らぬ人となった。
「主人がいた時は主人が全部していたから。店がなくなるのが寂しかったのか、続けてくれと言われた」

小野さんが不在のときも店番をする濱田さん
小野さんが不在のときも店番をする濱田さん

一人で店を続ける中で、手を差し伸べたのが常連の濱田さんだった。
「世話になっているからその恩返し」
「給料は払えないけど、ご飯だったら私が作ってあげられる」
こうして二人三脚で店を守ってきた。

けれど、時間は確実に流れている。年齢を重ねるに連れ、体力面の不安が押し寄せるようになった。
「いつやめようか。本屋さん」
小野さんが笑いながら口にした言葉は、どこか現実味を帯びている。

続く限り、島の居場所

新年、久しぶりに娘夫婦が大阪から帰ってきた。
娘の植田睦さんは懐かしい店の空気に触れ、涙をにじませた。

小野さんの娘・植田睦さん
小野さんの娘・植田睦さん

「いろんなことを思い出した。お父さんが亡くなった時のことや、濱ちゃんが来る前は一人で店をやっていたこと」

店を継ぐつもりも、継がせるつもりもない。それでも睦さんは母の背中を押すように言う。
「みんなのために続けたほうがいいかなとは思う。ここに集まるもんな」
小野さんは正直に答えた。
「もう、ピリオド打ちたいなとも思う」

そう遠くない将来、決断の時はやってくるかもしれない。その日まで、せとうち書房は島の居場所であり続ける。

(テレビ新広島)

テレビ新広島
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