長野県飯田市の老舗和菓子店の名物「きんつば」。風味豊かで甘さは控えめ。餡を使った新商品も登場し、時代に寄り添うおいしさが新たなファンを増やしています。

■200年続く老舗和菓子店

ほんのり淡いピンクのジェラート。小豆の粒感がたっぷりの餡がミルクの味を引き立てます。

販売するのは豊丘村の道の駅。ここにはもう一つ午前中で売り切れる日もある人気商品があります。

「きんつばパン」です。パンの中に詰まっているのは、飯田の人たちに長く愛されてきた「きんつば」の餡です。

販売するのは江戸時代から200年以上続く飯田市の和菓子店「和泉庄」。

今、店に立つのは7代目の加藤庄司さん72歳です。創業は1818(文政元)年。「きんつば」は飯田城主の御用菓子屋だったこの頃、誕生しました。

和泉屋庄三郎7代目・加藤庄司さん:
「(城主から)返品された菓子の皮をむいて餡だけ取って、焼いて売ったのがきんつばの始まり」

■大火を乗り越えた看板商品

「きんつば」は明治、大正、昭和と代々の当主が一子相伝で作り方を伝え、守ってきました。

しかし終戦から間もない1947(昭和22)年、「飯田の大火」が起きます。

市街地では3700棟余りが燃え、「和泉庄」も店と工場を失いました。

当時の6代目は店と工場を一(いち)から再建。看板商品としてそれを支えたのが「きんつば」でした。

■代々伝わる餡作りのこだわり

餡は小豆の風味をいかし上品な甘さが特徴。使う小豆は全て北海道産です。

7代目の加藤さんは代々伝わる製法を数値化し餡作りを機械化しました。鍋で煮ること約2時間―。

そこに足すのは純度の高い上質な砂糖と水あめ。

和泉屋庄三郎7代目・加藤庄司さん:
「白ザラ糖と書いてあるように結晶です。純度が高いので(量が)少なくて済む」

練りあげたのは、小豆の粒がしっかり見えながらも滑らかで柔らかい餡。代々守ってきた200年の味です。

■職人技が光る焼きの工程

餡はひと玉75グラム。たっぷりの量ですが、さっぱりした甘みで食べても重さを感じません。多い日で1日1500個を作ります。水でといた小麦粉などにくぐらせ鉄板に並べー。

和泉屋庄三郎7代目・加藤庄司さん:
「音がなくなる。ジュジュジュっていうのが、(焼き上がりは)それがなからの目安」

飽きない上品な甘さ。薄くこうばしい皮。飯田の人たちに愛される「名代大きんつば」です。

(記者リポート)
「持つとずっしり重たいです。いただきます」
「小豆一粒一粒がしっかりとたっていますが、かむとほろりとしていて、とてもおいしいです」

■時代に合わせ味を変革 銀座へ

ところで、加藤さんが店を継いだのは44年前。「きんつばといえば和泉庄」と言われるようになった頃でしたが、まもなくして大きな変革に挑みました。

和泉屋庄三郎7代目・加藤庄司さん:
「もう甘みの時代ではないから、小豆の味・風味を生かすにはどうしたらいいかと、今の配合に変えた。工場出して大きな借金をすると、それを払っていかない限り潰れるんですよね」

きっかけは、店の裏にあった工場の移転。店を守るための味の見直しでした。

すると、ある催事で歌舞伎座の関係者から声がかかり、「きんつば」は30年ほど前から東京・歌舞伎座の土産品に。2013年の歌舞伎座のリニューアルでは、売り場に焼き台が設けられ、焼きたてを提供できるようになりました。

和泉屋庄三郎7代目・加藤庄司さん:
「不変のものはない。自分がリスクと思って考えすぎたら、成功もないんだと(思った)」

■老舗の餡がパンやジェラートに

他にはない「きんつばあん」。餡だけの販売も始め、今は県内のスーパーにも並んでいます。

餡は、さらに2025年からパンやジェラートに。豊丘村の道の駅で人気となっています。

パンは厨房で道の駅の職員が手作りしています。職員の発案で、商品に餡を使いたいと申し入れました。

南信州とよおかマルシェ・片桐明 駅長:
「和泉庄のきんつばというと高級な餡、子どもの頃からおいしく食べていた。甘さも控えめ、独特な風味が好き。飯田下伊那では非常に有名なきんつば。しっかりPRしながら楽しんでもらえれば」

岐阜からの観光客:
「軽い感じでおいしかった」
「粒あんでもない、こしあんでもない中間みたいな感じ。和泉庄さん、行ってみたいなって」

■伝統守り新たなファンを増やす

伝統を受け継ぎながら変化を恐れず、目の前のお客さんが求めるものを作り続ける。

“200年の味”は今も新たなファンを増やし続けています。

和泉屋庄三郎7代目・加藤庄司さん:
「時代に流されることはしたくない。時代の中で“細く長く”です。お客さまに喜ばれる、選ばれる店になることだと思います」

長野放送
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