東日本大震災から15年。あの未曾有の大災害は、日本列島に住む私たちに次の巨大地震への備備えがいかに重要かを思い知らせた。2012年、国が公表した南海トラフ地震の被害想定では、高知県黒潮町に全国最大となる34.4メートルの津波が到達するという衝撃的な数字が示された。
10階建てのビルに匹敵する高さの波が、小さな町を襲うという現実。黒潮町の人々は今何を思い、その脅威とどのように向き合っているのか。高知さんさんテレビは3月10日、テレビ愛媛と共同で黒潮町から防災番組を放送した。
半信半疑から始まった意識の変化
川辺世里奈アナウンサーとテレビ愛媛の小川日南アナウンサーが訪れたのは黒潮町佐賀地区の津波避難タワー。高さ25メートル、地域の人々が「命の塔」と呼ぶこの建物は、一本一本の鉄鋼の太さからして圧倒的な存在感を放っている。
「現実味は全くなかったです。そんな津波本当に来るのかなっていう」
町民の一人はそう振り返る。34メートルという数字は、当初多くの住民にとって半信半疑のものだった。しかし津波避難タワーが完成し、町の風景に溶け込むにつれて人々の意識は変わっていった。
「タワーができるまでは年寄りが逃げるのに大変だから“もういい”とか言う人がおったけど、タワーができて近くなったから、ここだったら逃げられるという人が増えて、訓練にも参加してくれて、意識的には高くなったと思う」
津波避難タワーは単なる避難施設ではなく、町民の防災意識を変えるシンボルとなったのである。
生活の一部となった「命の塔」
興味深いのは、このタワーが日常生活に溶け込んでいる点だ。ある町民は「自分の故郷だからここへ帰ってきました。息子は津波が来るき反対やったけど、ここ(津波避難タワー)があるから許してくれて」と語る。故郷に帰る決断を、避難タワーの存在が後押ししたのだ。
「ここは開放されているから。朝も6時前からみんな散歩に来てますね」
避難タワーは朝の散歩コース、運動の場として町民の健康づくりの拠点にもなっている。他の地域では鍵がかかっていて自由に上がれない避難施設もあるが、黒潮町のタワーは常に開放され、日常的に利用することができる。この「日常化」こそが、いざという時の迅速な避難行動につながるのだろう。
屋上から見える現実
小川アナウンサー、川辺アナウンサーが実際にタワーに上ると、その重要性が一層明確になった。
周辺に高い建物が見当たらず、この避難タワーの存在がいかに重要かを実感できる。いつもは穏やかな海も災害時には津波となって押し寄せてくる。日頃から逃げる意識を持っておくことの重要性を感じた。
地域独自の防災の知恵
地域で防災活動を行っている明神里寿さんの案内で、タワーの設備を見学した。屋上にはソーラーパネル、ヘリコプターからの救助ができるスペース、トイレ、備蓄食料など、1~2日は生活できる設備が整っている。
次に明神さんが見せてくれたのは漁師網を使った独自の工夫だった。その網は、人などを運ぶ担架として使用できるように作られていた。実際に網に乗ってみると、ハンモックに乗っているような安定感がある。女性でも安定して運ぶことができ、地域の資源を生かした黒潮町ならではの防災の知恵といえるだろう。
また、黒潮町の防災活動で特筆すべきは高齢者向けの「一番短い避難訓練」である。町民は津波避難タワーまで逃げられるか不安な高齢者に対して、まずは家の玄関まで自分の力で出てくることを目標とした訓練を広めている。“逃げること”を諦めないために、町民が主体となって地域にあった防災を考え続けている証である。
“犠牲者ゼロ”へ向けて
日々防災に取り組む思いについて、明神さんは次のように語った。
「逃げるが勝ちじゃないけど、逃げないかんと。この辺の人たちは海がいったん荒れたら自分らは逃げようっていうのを常に頭に置いて逃げるのみです。町長がね、犠牲者ゼロって言うんでそれに向かって町民も頑張らないかんなと。日頃からここに上がって体力づくりをして自分たちの体も健康にして逃げろと、足腰丈夫にというような考え方がみんなあります」
防災は特別なイベントではなく、日常生活そのものなのだ。
取材を通して明らかになったのは、南海トラフ地震に備えるためには、住んでいる地域でどのような被害が想定されているのか、地域の特徴や情報を正しく頭に入れておく必要があるということだ。日頃から逃げるという意識を持ち、避難の経路や方法など複数の選択肢を持っておくこと。それが命を守る鍵になる。黒潮町の人々が実践しているのは、まさにこの日常化された防災である。
高知県は3月下旬、南海トラフ地震の最新の被害想定を公表する予定だ。数字は更新されるかもしれないが、黒潮町の人々が築き上げてきた“逃げる文化”は命を守る鍵になる。34.4メートルの津波という数字に怯えるのではなく、それを受け入れ、備え、日常に組み込む。その姿勢こそが、次の大災害を生き延びる力となるはずだ。