東日本大震災から2026年3月11日で15年です。
2025年8月に開設された大槌町の追悼施設「鎮魂の森あえーる」、開設から初めて迎える3月11日、朝から地元の人などが訪れ静かに祈りをささげています。
県内では東日本大震災で5147人が亡くなり、1106人が行方不明となっていますが、大槌町の犠牲者はそのうちの約4分の1を占めています。
設けられている芳名碑には、遺族などの同意が得られた1273人の名前が刻まれています。
また犠牲者と同じ数のキャンドルが並べられ、やわらかな光に包まれています。
父・伊藤勝一郎さん(当時77)が今も行方不明のままとなっている岩間敬子さん(63)。
Q:どのような思いできょうを迎えられましたか
岩間敬子さん
「あの日と全然変わらない一日でした」
岩間さんの父・伊藤勝一郎さん(当時77)は、震災当日、自宅の2階から周囲の人に津波の襲来を呼びかける姿が確認されたのを最後に、行方が分からなくなりました。
岩間さんは今、町内の災害公営住宅で1人で暮らしています。
父の形見はがれきの中から見つかった箸置きだけで、鎮魂の森あえーるは岩間さんにとって心のよりどころになっているそうです。
Q:この鎮魂の森あえーるは周辺の防潮堤の整備などを経て、震災から14年半がたつ2025年開設されました。岩間さんにとっては特別な場所になっているんですよね
岩間敬子さん
「そうですね。自分の父親だけじゃなく、ここに名前が掲載されたことにおいて、やっぱり自分の友達だったりとか大切な人、親戚、全員に会える場所になっています」
Q:お父さまに対しては今どんな思いがありますか
岩間敬子さん
「自分が娘だから言えるのは『馬鹿だな』って思いますし、でも一日でも早く帰ってきてほしいなっていう思いです」
Q:語り部もされていますが、被災地も人口減少など課題がある中で今後どのようになってほしい、またはどう歩んでいきたいですか
岩間敬子さん
「自分があの時色んな経験をしたなかで、命の大切さっていうのを語り継いでいきながら、今まで苦労した皆さんには笑顔であってほしいなって思っています」
この“あえーる”という愛称には、犠牲になった人たちと“会える”場所、そして町の未来への“エール”を送る場所になってほしい、そんな思いが込められています。
震災から15年、被災地の皆さんは犠牲になった人たちを大切に思いながら、16年目の歩みを進めていこうとしています。