川南町出身で津波で甚大な被害を受けた宮城県気仙沼市に60年以上住む女性が、あの日の経験から故郷・宮崎に伝えたい教訓とは。

宮城県の最北端に位置し、岩手県と接する気仙沼市。リアス式の海岸線が波の穏やかな内湾を生み出し、街は緑豊かな山々に囲まれています。

「こんにちは。よろしくお願いします」

気仙沼市の港近くで菓子店を営む千葉信子さん85歳です。

川南町出身の千葉さんは23歳で老舗菓子店「紅梅」の2代目店主のもとに嫁ぎ、60年以上店を切り盛りしてきました。

15年前のあの日、千葉さんはいつものように店で従業員とお菓子を作っていました。

(千葉信子さん)
「工場で機械が結構あるもんですから、それにすがってるので精一杯でしたね。その途中の揺れでこれは大きいっていう誰かの声で、じゃあもうみんな逃げろっていうことで、仕事はそのまま置いてみんな(自宅に)帰して(店の)シャッターを閉めて(逃げた)」

長く、大きな揺れの後、最大で20メートルを超える大津波が気仙沼市を襲いました。

総務省によりますと、おととし3月時点で気仙沼市の死者数は災害関連死を含め1220人、そして、未だ214人が行方不明です。

(江川琴実記者)
「宮城県気仙沼市に来ています。こちらには震災当時、津波がここまで到達したと示す看板が設置されています、上を見上げると私の身長の約3倍以上の高さの津波が辺り一帯を襲ったということが分かります」

千葉さんの店は港から約100メートルの場所にあり、地震の揺れが収まったあと、すぐに車で高台にある娘の自宅に避難し、津波から逃れることができました。

数日後、道のがれきが撤去され始め、店の様子を見に戻ると、4階建ての自宅兼店舗の中は壊滅状態でした。

(千葉信子さん)
「津波で中が全部流されたんですよね、この(工場の)備品がどこに流れたんだろうどっから出たんだろうっていう感じでしたよ」

店舗の上階部分が残ったことで助かった人もいたそうです。

(千葉信子さん)
「ここを流れたみたいなんですね、波で、ここにつかまって助かったってあとから聞いたんですけどね、でもよかったなと思って」

あの日津波を高台から見ていたという人は津波の恐ろしさをこう話します。

(津波を見た人)
「ものすごいバリバリバリと本当にこの世のものとは思えないぐらい、上から見てたんですけど船が陸の方に上がってくるんですよ、それが見えるんですよ。だから本当に地獄を見たような感じでしたよ。もう終わりだなと思いました、全て終わりだなと思いました」

さらに、気仙沼を襲ったのは津波だけではありません。総務省によりますと気仙沼市では林野火災など13件の火事が発生。千葉さんが15年経った今も絶対に忘れられないと話す光景が炎で真っ赤になった夜空でした。

(千葉信子さん)
「空が本当に真っ赤なんですよね。夕焼けとかそんなもんじゃないんですよね。これが内湾だけでなく市内のほうに入ったらどうなんだろう、ますます何にもないわと思ったり、見たことないんでどういう表現っていうか、ただ恐ろしさですかね」

南海トラフ巨大地震が発生した場合、宮崎県では最短14分、最大17メートルの大津波がくると想定されています。15年経った今でも変わらず千葉さんがふるさと宮崎に伝えたいことは「安全な場所に逃げる」ということです。

(千葉信子さん)
「印鑑を取りに戻って流されて亡くなったとか、物を取りに行ったとか経験したことがあだになって逃げないで亡くなったとか、そういう方もずいぶん近所にいるもんですから、だからとにかくもう後ろを見ないで逃げてほしいっていう、とにかく命を持って逃げてくださいって言いたいですよね」

テレビ宮崎
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