東日本震災で壊滅的な被害を受けた漁業・水産業の復興のため県が打ち出したのが「水産業復興特区」というそれまでなかった形でした。
スタートから14年経った特区の「今」を通して漁業の未来を考えます。

石巻市桃浦の海を走る1台の船。漁師歴3年、21歳の遠藤直弥さん。カキの水揚げに向かいます。
一緒に作業を進める鈴木星希さんも21歳。漁師歴は1年目です。
21歳の2人は高校の同級生です。

Q仕事には慣れた?
遠藤さん「そうですね、だいぶ慣れましたね」
鈴木さん「疲れますけど、漁師をやりたかったのでやりがいは感じますね」

遠藤さんは石巻市、鈴木さんは女川町の出身ですが、漁師の家で育ったわけではありません。2人は「桃浦かき生産者合同会社」という、震災をきっかけに生まれた会社の社員です。

県内の漁師の数は1980年代前半から、急速に減少。震災前の2008年には、そのうち46.5パーセントが60歳以上と、高齢化も進んでいました。
水産業の先行きが不安視される中で起きたのが、東日本大震災でした。
沿岸部を襲った津波で、県内の水産業は被害総額6680億円という、壊滅的な状況になりました。

震災後、村井知事が打ち出したのが、「水産業復興特区」という構想でした。それまで、漁協に独占的に与えていた漁業権を、漁協を通さず、民間企業や法人に直接与えるというもの。壊滅的な被害を受けた漁業の再生には、民間の力が不可欠というのが知事の考えでした。しかし…

県漁協木村稔会長(当時)
「そんなこと言ったって誰も承知しねえって!」

「特区を導入すれば、浜の秩序が乱れる」として、県漁協は猛反発します。そんな中、県内で唯一手を挙げたのが桃浦地区のカキ漁師たちでした。

桃浦のカキ漁師大山勝幸さん
「高齢者が多いということと、後継者が育っていない。そういうところに津波が来た」

震災前、65世帯あった桃浦地区は、高台にあった3軒を残して壊滅。地域を支えていた、カキ養殖の道具も、船も、全てが流されました。

莫大な費用をかけての漁業再開に漁師たちが二の足を踏む中、持ち上がったのが特区構想でした。

桃浦のカキ漁師大山勝幸さん
「(民間が入って)継続した事業を行ってもらえば、従事する人が自分たちだけではなくて他の地域からも若い力を得て、集落の新しい担い手として働いてもらえれば、元気な浜に戻るのかなと」

2012年8月、大山さんたちは、桃浦の漁師仲間15人で合同会社を立ち上げます。2カ月後には仙台水産が加わり、漁師と民間企業による新たなスタートを切りました。それは、故郷の未来を守るための決断でした。

震災後、担い手不足はさらに進んでいます。漁師の数は、震災前と比べ半数近くまで減りました。さらに、60歳以上がおよそ半分。高齢化にも拍車がかかっています。

桃浦では9人の漁師のうち、6人が20代以下の若手。そして、6人全員が漁師以外の家庭で育ったそうです。
未経験の若い漁師が集まる理由を代表社員の新田拓哉さんは、こう見ています。

桃浦かき生産者合同会社 新田拓哉代表
「個人の漁師さんは一人社長なので収入の跳ね返りはあると思います。でも思うように漁獲量が増えないと収入は激減するわけですよね。でもそれは会社にすることによって最低限は担保されているわけです。」

桃浦の特徴は「会社から給料が支払われる」ということ。働く側からすれば、安定した収入が見込めます。また、船や漁具などはすべて会社の持ち物で漁師自らが準備する必要はありません。資金面での不安を感じずに漁師になることができるのです。

鈴木さん
「個人だと全部何か壊れた、資材買うにしても全部自分負担。怖い部分があると思うけどこっちは会社ですし。1カ月ちゃんと給料安定した形で入ってくるので、そこは本当に安定していて恵まれているなと思う。」
遠藤さん
「ここがなかったら水産関係(の仕事)はやっていなかったと思う。個人だとやろうとは思わないですね」
鈴木さん「ちょっと勇気が」
遠藤さん「勇気が出ないというか」

それだけではありません。

桃浦かき生産者合同会社 新田拓哉代表
「何十年やってきたプロの方、元代表の大山さんであったり、筆頭にね。桃浦の浜の人たちがいて、若い人たちを受け入れる、教えられる環境が整っている」

会社設立時の代表、大山勝幸さん。今はカキ剥きなど陸上での作業を主に行いながら、経験の浅い若手漁師たちに、技術を伝えています。

桃浦かき生産者合同会社元代表 大山勝幸さん
「やっぱ若い人たちが海にどんどん出ていって、そして仕事してくれるもんだから、それはやっぱり一番頼もしいです。一番いいとこですね。」

立ち上げ当初のメンバーは、高齢化などを理由に次々と漁師を引退し、残っているのは、大山さん含め3人です。ベテランの引退で人手不足になり売り上げは一時、立ち上げ当時の6割程まで減少したそうですが、若手が入社し成長を続ける中、以前と同じくらいまで回復しているといいます。

桃浦かき生産者合同会社元代表 大山勝幸さん
Qあの時手挙げたことは間違ってなかった?
「うん、そうですね。だって他にね、ここの浜全体、半島の浜全体がやっぱり同じ問題を抱えてるわけさ。そうすると、もう集落に人がいなくなるっていうか、そういう状況になりつつあるんですよ。(桃浦を)若い力で盛り上げてもらえばなという希望は持っています。」

復興特区を主導した県は桃浦の事例に手応えを口にします。

県水産業振興課 松浦裕幸課長
「人員体制も充実しているし、しっかり近隣地域とも調和・協調しているし、しっかりと経営がなされているという風に評価している。全国的に人口減少というのは進んでいる中なので、そういった中で漁業の現場に若手を呼び込む為の1つの参考事例になるのではないかなという風に考えている」

休日以外は、桃浦にある寮で暮らす大山さん。10代から20代、孫と同じ世代の漁師たちとの共同生活です。

大山さん
「若い人たちとこうやってね、一緒に飯食えるので。そういう意味ではね、私もちょっと若返るから笑」

漁師歴3年目 茨城出身 長谷川礼旺さん
「(大山さんは)相談したらちゃんといろんなこと丁寧に教えてくれるんで、とってもありがたい存在というか。はい、優しいですね。」
大山さん
「あとからおごらないといけない笑」
Q今いるこの若手だったらいい浜を作っていってくれる?
大山さん
「やっぱりそう思うね。」

15年前に消えかけた浜の灯は、新たな支えを受け、若手漁師たちの成長とともに、未来へと希望をつないでいます。

鈴木さん「将来は自分たちで生産量増やしてカキと言ったら桃浦と思われるような会社にしていきたいと思う」
Q桃浦は好きですか?
鈴木さん・遠藤さん「大好きです」

仙台放送
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