北朝鮮による拉致の可能性を排除できない特定失踪者・大澤孝司さんが新潟県佐渡市で行方不明になって、2026年2月24日で52年となった。弟の帰りを待つ兄・昭一さんは90歳。「せめて顔を見合わせたい」と、再会を切望している。
ブルーリボンに込める思い
行方不明から52年となったこの日、大澤孝司さんの実家がある新潟市西蒲区には支援者が集まり、救出の署名に応じてくれた人に渡すためのブルーリボン作りが行われていた。
「行方不明から50年のときも長い歳月に驚いたが、その日からも2年が経ってしまった」
「本当に微々たる力だが、何とか思いが届いてくれればと思っている」
孝司さんの同級生たちが1年に6000本ほど作っているというブルーリボンには、祈りや歯がゆさ、様々な思いが込められている。
孝司さんの帰りを待つパンダのぬいぐるみ
孝司さんにまつわる品として大澤家で大切にされているものがある。大きなパンダのぬいぐるみだ。
新潟県の職員だった孝司さんは、赴任先だった佐渡市から月に1回程度、定期的に旧・巻町(現・新潟市西蒲区)に帰省していた。
そのときには、甥や姪のために必ず土産を持参していて、その一つがパンダのぬいぐるみだった。
1972年以降の第一次パンダブームを受けて孝司さんが甥っ子(兄・昭一さんの次男)のために選んだものだ。
孝司さんの兄・昭一さんが回想する。
「田中内閣の日中国交正常化交渉でこのパンダが脚光を浴びていた。時勢を意識したプレゼントだった」
受け取った昭一さんの次男は、自身の思いをブルーリボンの形をした色紙にこうしたためている。
「孝司おじさんからのお土産のパンダ。まだ元気に待っています。早く帰ってきてください」
拉致認定なくとも首相にかける期待
孝司さんの帰りを待つ家族に52年の歳月が流れているのと同時に、孝司さんにも52年の月日が流れた。
2026年の6月に孝司さんは80歳の誕生日を迎える。
90歳になった兄・昭一さんは、10歳年下の弟をおもんばかる。
「北朝鮮の健康寿命からすると80歳はもう限度だと思う。神様に願ってもう少し孝司が長生きしてくれるのを願っている」
北朝鮮に拉致されたことが排除できない“特定失踪者”の孝司さん。
2025年、国連人権理事会の作業部会は、大澤孝司さんなど12人を北朝鮮に安否を問い合わせるリストに掲載した。
昭一さんは、「日本政府が何もしないことを国連がやってくれる。それ自体おかしな話だって気持ちがする」と複雑な思いをのぞかせた。
一方で、高市首相が拉致問題の解決に意欲を示していることは、孝司さんの帰国を後押しすると考えている。
「高市首相は自身の在任中に(日朝首脳会談を)始めると言っている。あの首相だからやってくれると思って私たちも願っている」
52年の歳月埋めるには「顔を見合わせるだけでいい」
兄・昭一さんは、孝司さんの行方不明の情報を受け、佐渡に渡った日のことを、今でも鮮明に覚えているという。

孝司さんに会えなくなり、半世紀を超える月日が流れたが、昭一さんには確信していることがある。
「それでも良かったなって、いろりを囲んで2人で飯を食って。あとは顔を見合わせているだけで、それでいい。それで全てが通じるはずだと思っている」
切に望むのは、甥や姪…家族を愛した孝司さんをねぎらうひとときだ。
