長崎県美術館で開催中の「生誕100年 山下清展-百年目の大回想」。放浪の天才画家・山下清氏の甥(おい)・山下浩さんが、作品制作の裏側や素顔を語った。
ハサミを一切使わない「貼絵」
14日、子供のころに清氏と同居していた甥の浩さんが美術館を訪れた。
来場者に、清氏の制作にまつわるエピソードを語った。
清氏の緻密で精巧な貼絵は、一切ハサミを使っていないという。四角い色紙を指で5㎜~1cm位の幅に切って紙帯を作る。
そして、適当な大きさにちぎって貼っていくのだった。浩氏は「ものすごいスピードだった」と話す。
物資のない時代の工夫
清氏は、1934年(昭和9年)に養護施設「八幡学園」に入園。そこで出合った「ちぎり絵」で才能を開花させた。
学園生活に慣れてくると、作品にも友達や先生が登場する。1938年の作品「ともだち」は、物資のない時代の作品だ。よく見ると、古い切手を材料に使っている。
浩さんによると「当時はまだ日本が貧しかったので折り紙も買うことができなかった。古切手や色がついた雑誌を残しておいて貼っていた」と話す。切手の模様が表情の陰影、洋服の質感を効果的に表している。
未完成の作品からわかる「制作の過程」
「放浪の天才画家」と言われるだけあって、清氏はたびたび放浪の旅に出かけた。1954年制作の「伊豆大島の風景」は、作品としては未完成だ。
途中で放浪心が頭をもたげ旅に出てしまったという。そのおかげで私たちは、貼絵の制作過程を見ることができる。
清氏はまず、心に残っている風景を鉛筆で描く。その上に手前からだんだんと色紙を貼る。作品からは繰り返される根気強い制作の様子が伝わってくる。完成したら、一体どんな大作に仕上がっていたのだろうか。
あたたかな、ほのぼのした雰囲気が伝わる…
浩さんは「沈黙が嫌いだったのか一人でいつもしゃべっていたのと、人を笑わせるのも大好きでした」と、清氏の人柄を振り返る。
作品から、あたたかなほのぼのとした雰囲気が伝わってくる。
「生誕100年 山下清展-百年目の大回想」は、長崎県美術館で4月5日まで開催されている。
(テレビ長崎)
