絢子さまご結婚「品位を供えて美しく生きる」 父の死を乗り越え母の愛に包まれて・・・

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  • 結婚式は大正天皇のお后、貞明皇后ゆかりのお着物、小袿長袴のお姿で
  • サッカー部のマネージャーとして過ごした女子大生時代
  • 「絢子」というお名前に込められた、亡き父の想いとは・・・

「おすべらかし」の絢子さま

高円宮家の三女・絢子さまは、10月29日、明治神宮で、日本郵船に勤める守谷慧さんと結婚式を挙げられました。結婚式が行われた明治神宮の東玉垣鳥居前に到着した絢子さまは、袿袴(けいこ)、切り袴にうちぎ(漢字で書くと袿)をお召しになり、髪型は「おすべらかし」。出迎えた守谷さんに輝くような笑顔を見せられていました。

午前11時半すぎから始まった挙式には、引きずる長さの小袿長袴(こうちぎながばかま)といった姿で臨まれています。こうしたお着物は、大正天皇のお后、貞明皇后ゆかりのもので、姉の千家典子さんが結婚式でもお召しになったものでした。

父の死

高円宮さま在りし日の思い出

私が初めて絢子さまを取材、といっても初めて拝見したということですが、取材したのは、2001年1月、シルク・ドゥ・ソレイユによる公演にいらした時でした。印象としては、ご夫妻の後を、承子さま典子さまの後ろを絢子さまが続かれ、とてもちっちゃくかわいらしかった思い出があります。
それから、私がご一家を拝見する機会は、2002年お父様の高円宮さまが亡くなられた葬儀でのご様子でした。あまりに痛々しいお姿でした。絢子さまは12歳のことです。

ご成年に際して

皇族の方々は、20歳の成年となられるまでご公務をされることはありません。

絢子さまもご成年になり宮中行事などに出席するようになられましたが、大学生ということもあり、あまり多くの行事には姿を見せられませんでした。新年の行事や園遊会、花の展覧会などにお母さまの久子さまとご一緒に出ていらした際を取材し拝見させていただきました。

そんな中、私には強く思い出に残っている2つの取材があります。

サッカー部のマネージャー時代

一つは、城西国際大学創立20周年記念のサッカー大会に久子さまがお出ましになった際の取材です。久子さまは「高円宮殿下記念スポーツパーク」で行われた城西国際大学と韓国の韓南大学とのサッカーの試合をご覧になりました。

実は、当時城西国際大学に絢子さまは在学中で、しかもサッカー部のマネージャーをされていました。試合中、ジャージ姿の絢子さまはストップウォッチを持ったり、写真を撮ったり普通のマネージャーと同じように選手たちを支える仕事をされていました。もちろん笑顔で応援もされていました。試合終了後に久子さまとネット越しに話をされていましたが、それ以外は、皇族としての立場をなにも感じさせるものはありませんでした。マネージャーや選手たちと笑顔で話す「女子大学生」そのものでした。

その「女子大学生」の姿は、大学ご卒業の時、そして大学院修了のときにも見せられていました。皇族という立場を感じさせず、明るい笑顔で友人たちと接せられる姿から、どんなにいい友人たちが周りにいたことを私にも教えてくださいました。

母の愛

ご自宅を出発される絢子さま 10月29日

もう一つ印象に残った取材があります。

2017年11月に絢子さまはお一人で外交団を鴨場で接待されました。鴨場とは鴨を伝統的な猟法、網で捕まえる猟を行う場所で、駐日の大使など外交団を接遇する場所として使われています。絢子さまは多分、2回目の鴨場でお一人でご接待のホスト役をこなされました。

一回目は、前年に久子さまと出席されていますがお一人は初めてで、緊張もされたと思いますが、英語で色々な方と話をされていました。私たち取材陣は、外交団をお迎えする絢子さまを取材し、次は、捕まえた鴨を放鳥する場面を取材します。捕まえた鴨を上へと投げると鴨がそのまま飛んでいくのです。

この時は、約30羽を参加した外交団の人たちと放鳥した絢子さまに、感想を聞きました。
取材予定にはなかったことで、絢子さまも戸惑うかと思ったのですが、笑顔で答えてくださいました。4、5羽捕まえたこと、緊張したがほかの皆さんが助けてくれたことなどです。たわいもない話ですが、笑顔を絶やさずはっきりとお答えを頂きました。

それまで、海外の国賓を招いて開かれる宮中晩さん会や新年の外交団とのお茶などでは、久子さまと共に行動し、ある意味「一人で」というお姿は、少なかった絢子さまです。このころからお一人で公務されることがみられるようになりました。こうした流れを見ると、親子で一回経験し、翌年はお一人、という形をとり、お母さまがいかに絢子さまを可愛がっていたかも感じられます。

「品位を供えて美しく」名前に込められた想い

絢子さまお誕生

絢子さまは、30日からは「守谷絢子さん」となるわけで、「警護」もなくなると共に、私たちも「敬語」を使わない方となります。久子さまは、絢子さまが独り立ちすることで寂しい思いもおありだと思いますが、同時に、嫁ぐことの大切さもよくご存知だと思います。

お生まれになったとき、「絢」という文字には、模様があり美しいという意味があり、品位を供えて美しくなってほしいと、高円宮さまが名前を付けられたといいます。

絢子さんになっても元皇族らしく気品のある姿、そして変わらぬ明るい笑顔を見るのを私は楽しみにしています。

(執筆:フジテレビ 解説委員 橋本寿史)

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