弾劾調査の罪状がすり替わった

トランプ米大統領に対する弾劾調査の罪状が、知らぬ間にすり替わっていた。

今回の弾劾調査で問題にされているのは、トランプ大統領がウクライナのゼレンスキー大統領との電話会談で凍結された軍事援助の再開と引き換えにバイデン前副大統領に対する捜査を依頼したとすれば、「quid pro quo(見返り)」を求めた違法な働きかけになるということだった。

ウクライナを巡る不正疑惑に関する公聴会(11月13日)
ウクライナを巡る不正疑惑に関する公聴会(11月13日)
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ところが公開の公聴会が始まってみると、この"quid pro quo"という言葉が全く聞かれなくなってしまった。公聴会の議長のアダム・シフ下院議員(カリフォルニア州)も、公聴会冒頭の所見表明の中ではこの言葉を使わず代わりにこう言っている。

「もし合衆国大統領がその権力を濫用し、同盟国に対して首脳会談や巨額の軍事資金援助を差し止めて自らの再選選挙の助けになるような捜査を行うよう強要し、恐喝し、贈収賄に当たるようなことをするのを見過ごすわけには行かない」

つまりトランプ大統領は「強要」と「恐喝」と「贈収賄」の容疑がかけられているということなのだが、なぜ"quid pro quo"は消えてしまったのだろうか。

「でっちあげだ」と主張するトランプ大統領
「でっちあげだ」と主張するトランプ大統領

「見返り」の前提が崩れた

その答えは、公聴会でのやりとりが始まって分かった。

公聴会の初日、共和党のジョン・ラトクリフ下院議員(下院議員)は証人でウクライナ駐在のウィリアム・テイラー米臨時大使にこう訊した。

「あなたは(公聴会に先立って行われた)非公開の聴聞で、トランプ大統領がウクライナ大統領に2016年の米大統領選をめぐる問題とバイデン前副大統領に関する捜査を依頼した7月(25日)の電話会談の際には、ウクライナ側は米議会で承認されたウクライナ向けの資金援助がトランプ政権で保留になったことは誰も知らなかったと証言しましたが、間違いありませんか?」

これに対してテイラー大使は「間違いありません。誰も知りませんでした」と答えた。

公聴会で証言したウィリアム・テイラー米臨時大使(11月13日)
公聴会で証言したウィリアム・テイラー米臨時大使(11月13日)

つまり問題の電話会談が行われた当時、ウクライナ側は米国の軍事資金援助が凍結されたことを知らなかったというのだ。そうなると、援助を再開する「見返り」にバイデン前副大統領の捜査を依頼したという弾劾調査の前提が崩れたことになる。

さあ民主党、どう攻める?

そこで民主党側はトランプ大統領の罪状を「強要」や「恐喝」「贈収賄」に切り替えて追及するように戦術を変えたようだが、肝心の電話会談のやりとりが問題なかったとなると攻めるのも難しい。

公聴会ではテイラー大使が「ゴードン・ソンドランド駐EU大使がトランプ大統領との電話で、ウクライナへ捜査を求めるよう指示するのを部下が聞いた」と証言し、反トランプのマスコミは「爆弾証言」ともてはやしているが、それはすでに電話会談の公式記録でも明らかになっていることだし、「見返り」を求めたのでなければ問題ないというのが米国の法律の専門家の大方の見方だ。

さあ民主党はどう攻める?

【執筆:ジャーナリスト 木村太郎】
【表紙デザイン:さいとうひさし】

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木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。