1989年6月4日に首都北京の天安門広場で民主化を求めるデモが武力で鎮圧されてから、きょうで34年が経った。

しかし、中国では民主化は進まず、国家統制はますます強まっている。今も天安門事件を公に語る事は許されず、政府の検閲により、人々の“本音”が書きこまれるのSNSにも情報は出てこない。中国の子どもたちは事件を学校で教わることはなく、国内メディアで報道されることもない。これにより中国人の若者は事件そのものを知らない人の方が多くなっているともいわれている。

戦車の前に立ちはだかった男性(1989年6月)
戦車の前に立ちはだかった男性(1989年6月)
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これまで中国人の改革派や民主派と呼ばれる人たちの中には、天安門事件をありのまま中国人の記憶に残そうとする人も一定数いたが、年々統制が強まり、今では「一国二制度」が保障されていた香港でさえも追悼行事が事実上行えなくなった。

追悼集会が行われていた香港の公園 2023年は中国内陸部の特産品販売会が行われている
追悼集会が行われていた香港の公園 2023年は中国内陸部の特産品販売会が行われている

2022年2月、日本大使館の外交官が中国メディアの幹部と食事を共にした後、中国当局に身柄を一時拘束される事案が発生した。これは外交官の不逮捕特権や財産の保護を定めたウィーン条約に違反する“事件”で、さらに2023年3月になって、同席していた中国メディアの幹部はスパイ罪で起訴された。

2023年3月にスパイ罪で起訴された中国メディアの幹部、董郁玉さん(SNSより)
2023年3月にスパイ罪で起訴された中国メディアの幹部、董郁玉さん(SNSより)

そして、4月には中国でスパイ行為を摘発する反スパイ法が改正され、7月に施行される。これにより中国当局は「国家の安全と利益」に関わることを幅広く定義した。事実上、摘発の範囲は広がったといえる。

中国当局にスパイ罪で起訴された中国メディアの幹部、董郁玉さんと長年親交がある北海道大学の城山英巳教授は「今の習近平体制の最大の特徴は『忖度政治』と『恐怖政治』の2つが支配している」と指摘する。

董郁玉さんと交流のあった北海道大学・城山英巳教授
董郁玉さんと交流のあった北海道大学・城山英巳教授

習近平体制の最大の特徴は「忖度政治」と「恐怖政治」

――中国は国家統制への締め付けが厳しくなっている?

習近平氏が2013年に国家主席になってから風向きが変わったなと感じました。当時、私は北京にいましたが、知り合いの人権派弁護士や民主活動家と言われる人たちがどんどん拘束されるような事案が続きました。中国では元々、言論統制や人権派に対する締め付けが厳しかったのは事実ですが、習近平体制になってから、より一層厳しくなったと感じました。

今回の董さんに対する中国当局の対応は異例中の異例といえます。日本の外交官と会食をしていた時を狙って一緒に拘束されたということが何を意味するかというと、中国共産党政権、習近平指導部による日本大使館、日本政府に対する圧力です。強い姿勢を示すという状況を見せるつけるために、こういうことをやるわけです。「外交官まで一緒に拘束してしまう」というところに日本政府に対する強い不満を持っているのではないかと感じました。

――なぜ、中国当局は異例ともいえる対応をした?

習近平体制の最大の特徴というのは幹部や官僚による忖度政治です。その忖度をせずに習主席の言う事に忠誠を誓わなければ、それに対して「恐怖」で処罰するという恐怖政治があります。この「忖度政治」と「恐怖政治」という2つが、習近平体制の最大の特徴だと認識しています。習主席は去年10月の党大会で「国家の安全」を非常に重視する政治報告を行いました。「国家安全」をトップが叫べば、その下はそれに対する成果をアピールしなければいけないという体制になっています。その中で、習主席の指示を過剰に判断した国家安全当局が、日本の外交官と単なる意見交換をしている改革派の知識人まで逮捕してしまうという異例の事態にまで発展したのです。 

誰でも拘束される可能性がある

――習主席が締め付けを強化することの狙いは?

共産党体制の「安定」というものが習主席にとって一番重要な事です。 アメリカや日本との関係悪化の中で、自分たちの体制が揺るがされかねないということを過剰に意識しています。現在はビジネスマンが捕まり、研究者も捕まっている状況です。いわゆる「中国通」といわれる人たちに対する警戒感が中国共産党の中で高まっています。その結果、日本やアメリカに対する圧力を加えるというような状況になっています。 

G7広島サミットと同時期に行われた「中国・中央アジアサミット」(5月19日)
G7広島サミットと同時期に行われた「中国・中央アジアサミット」(5月19日)

――7月から改正された「反スパイ法」が施行されるが、中国の狙いは?

どうしてこの時期に「反スパイ法」の改正をして、内容を強化したのかという点がポイントになります。それは2022年の共産党大会で、習主席が「国家の安全」というものを極めて重視する姿勢を示したことが関係しています。この「スパイ法」を管轄する国家安全部にしてみれば、習主席が「国家安全」を強調すればそれに見合うだけの措置を講じて意向に沿わなければいけない。そして評価されなければいけないとなる。そうなると「反スパイ法」を改正したことに対して成果が求められるわけです。「反スパイ法」が改正されて7月から施行されますが、そういう中で成果を求めて、日本人や外国人に対する拘束事案は今後も続くことが予想されます。

――今後、中国では6月4日はどうなっていく?

1989年に民主化運動が武力弾圧されて、たくさんの方が亡くなったというのは歴史的事実ですが、習主席はこの天安門事件を共産党の歴史の中から消し去ろうとしています。これに対して歴史の事実として、中国の中に残していこうという改革派や民主派と言われる人達が一定数いたわけですが、この人たちに対する弾圧が強くなり、多くが捕まりました。今の中国で天安門事件を思い出させたり、追悼集会を行ったりというのは、習近平体制の中ではもう難しいのが現実だと思います。 

傷付いた仲間を運ぶ若者たち(1989年6月4日)
傷付いた仲間を運ぶ若者たち(1989年6月4日)

犠牲者の遺族「政府が謝罪し、人民に懺悔することを期待する」

天安門事件から34年を迎えるのを前に、犠牲者の遺族らでつくるグループ「天安門の母」は116人の連名でホームページ上に声明を発表した。声明には「34年経った今、愛する人を一晩で失った痛みは悪夢として私たちを永遠に苦しめる」と綴られ「政府が犠牲者の全ての遺族に謝罪し、人民に懺悔することを期待する」と強調されていた。

記者の質問に答える毛寧報道官(6月2日)
記者の質問に答える毛寧報道官(6月2日)

一方、6月2日に行われた中国外務省の記者会見で、天安門事件について問われた毛寧報道官は「(前の世紀の)80年代に起きた政治的波乱について中国はすでに明確な結論を出している。いかなる口実で中国の顔に泥を塗り、中国の内政に干渉する企みもうまくいかない」と短く答えるだけだった。

中国共産党トップの総書記として3期目の指導体制に入った習近平国家主席の下、国家統制はますます強まっている。

(FNN北京支局 河村忠徳)

河村忠徳
河村忠徳

「現場に誠実に」「仕事は楽しく」が信条。
FNN北京支局特派員。これまでに警視庁や埼玉県警、宮内庁と主に社会部担当の記者を経験。
また報道番組や情報制作局でディレクター業務も担当し、日本全国だけでなくアジア地域でも取材を行う。