2022年2月ウクライナ侵攻を始めたロシア。首都キーウに向かう一本道を、ロシア軍の大規模な車列が刻々と進む衛星写真が連日のように報じられた。

半導体は確保必至の戦略的物資

アメリカ政府内では当初、キーウへの猛攻が始まれば陥落まで3日も持たないだろうと囁かれていた。しかし、ロシアの大軍はピタリと止まった。ウクライナ軍はアメリカが供給した携行式対戦車ミサイル「ジャベリン」で反撃を開始し、ロシア軍によるキーウへの本格攻撃をすんでのところで阻止したのだ。

しかし、長引く侵攻で、「ジャベリン」のアメリカ国内の在庫枯渇が問題視されるようになった。新規の製造がままならない。その大きな理由が半導体不足だという。「ジャベリン」システム一つにつき、250個以上の半導体が使用されているという。半導体はもはや単なる部品ではなく、確保しなければならない戦略的物資となっているのだ。

『CHIP WAR』(クリス・ミラー著)
『CHIP WAR』(クリス・ミラー著)
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世界的に注目が集まっているこの半導体と米中間の覇権争いに着目した著書が10月にアメリカで出版され、大きな話題を呼んでいる。本のタイトルは『CHIP WAR』。直訳するとその名も「半導体戦争」だ。

著者でタフツ大学准教授のクリス・ミラーさんに話を聞いた。

中国にとって半導体は石油と同じくらい重要

――半導体を巡る米中の攻防に注目して本を執筆しようと考えたきっかけは何か?

軍事技術について研究していくうちに、半導体が過去数十年にわたる軍事技術の中核的存在であることが分かったのです。さらに驚くことに、中国は石油を輸入するのと同じくらい、半導体を輸入するのに資金を投じていたことがわかったのです。

世界情勢を読み解くうえで、私の考えを根本的に変える発見でした。半導体を中心に据えなければ、実は過去75年間の世界の動静を理解できないということが分かったのです。まさにこの期間の軍事力や大国の栄枯盛衰は、すべて先端半導体へのアクセスと生産に関係していたのです。

タフツ大学 クリス・ミラー准教授
タフツ大学 クリス・ミラー准教授

――アメリカ商務省は10月7日、先端半導体技術を巡り、中国との取引を幅広く制限する措置を発表したが、どのような意味があるのか?

この新しい規制は、中国が先端半導体や、その製造に必要な部品の輸入を困難にさせ、高度な技術力の獲得を大幅に遅らせることを目的としています。

アメリカは、次世代の軍事システムには、先端半導体とそれが可能にするコンピューティングパワーが不可欠になるとの結論に至っています。

中国は、軍事技術の面で近年驚くべき速さで革新を遂げていますが、先端半導体関連の輸出制限を講じることで、アメリカは技術面での優位性を保てると考えているのです。中国が今後も先端半導体をアメリカや日本などの国から輸入する。そんな現状の依存関係を維持することこそ、アメリカの戦略なのです。

【インタビューを動画でみる】

――先端半導体への輸出規制で中国の軍事面の技術革新が遅れれば、懸念される中国による台湾への武力行使は抑止されると思うか?

 短期的には抑止力になりませんが、長期的には中国を抑止するのに貢献すると思います。

先端半導体を巡る格差が広がれば広がるほど、アメリカは技術面で優位性が増し、軍事バランスが中国に有利に振れるのを阻止できるでしょう。

製造装置の世界市場を牛耳るのは日米蘭の5社

――中国は先端半導体の国産化に莫大な予算をつぎ込んでいますが、アメリカによる輸出規制は中国の技術革新を阻止できるか?

先端半導体を製造するために何が必要か考えてみてください。製造装置から製造過程で必要な薬剤まで、国産で製造することは不可能なのです。

最先端半導体の製造分野を見てみると、アメリカ企業3社とオランダ企業1社、日本企業1社が大きな役割を担っていることがわかります。この5社の技術がなければ最先端半導体を製造することはまずできないでしょう。

少なくとも今後5年は、中国がこの分野で大きな進歩を遂げるとはとても思えません。その先は何とも言えませんが、私の予想では、10年後の中国はまだ最先端技術に追いつくのに苦労しているのではないかと思います。

TechInsights(テックインサイツ)発表における2021年世界半導体製造装置の売上高上位5社ランキングによれば、1位はアメリカのApplied Materials社、2位にオランダのASML社、3位アメリカのLam Research社と続き、4位には日本の東京エレクトロンが入っている。5位はアメリカのKLA社だ。そして実にこの上位5社が製造装置市場全体の約70%を独占しているのだ。

中国は、半導体分野では最終的な組み立てや検査では世界シェアを有しているものの、先端半導体の製造に欠かせない製造装置の分野では、ほとんど市場シェアを持っていない。

アメリカがそこをうまくついた輸出規制なのだ。アメリカのレモンド商務長官は、製造装置市場で大きな存在感を放つ日本やオランダにも協力を促している。

インタビューの最後に、半導体戦争に最終的に勝利するのは誰なのか聞くと、「未知数」としながら、「かなりの自信を持って言えるのは。中国が主導的地位を築くことは非常に難しくなった」とミラー氏は語った。

【取材・執筆:ダッチャー・藤田水美】

ダッチャー・藤田水美
ダッチャー・藤田水美

フジテレビ報道局。現在、ジョンズ・ホプキンズ大学大学院(SAIS)で客員研究員として、外交・安全保障、台湾危機などについて研究中。FNNワシントン支局前支局長。