岩手県北部、北緯40度線上に位置する葛巻町。
町章は、葉っぱが3つ重なったような特徴的な形をしている。その誕生の背景には、昭和初期の「電気事情」が深く関わっていた。
葛巻町文化財保護委員長の長岡功さんによると、葛巻では県内でも早い段階で発電が始まっていたという。
長岡功さん
「葛巻は発電の開始が県内では早かった。初めの発電量5kWhほどしかなかった。明かりは暗く、当時の村民はもっと明るくしたかった。ほかの村からよりワット数の高い電球を購入してくる人が増えた。(村は)電気の供給が大変で、村はワット数の高い電球を使わないよう呼びかけたがうまくいかなかった。電球にマークを付けて、規定内(のワット数)か確認した」
このとき、電球のワット数を統一するために作られたシンボル、葛巻町に多い「葛(くず)の葉」をモチーフにしたと言われているが、1955年に町村合併が行われる際に新たな意味が加えられた。
「葉っぱが3つ重なっているように見えますが、これは江刈村、田部村、旧葛巻町の3つの地域の統合を表しています。協調と融合を強めていこう、という意味で3つの葉になった」と長岡さんは説明する。
一方、町の名前である「葛巻」は、地形と深く結びついているようだ。
長年、岩手県内の地名を調べてきた宍戸敦さんは、そのポイントを「巻」という言葉だという。
宍戸敦さん
「葛巻の地名の由来となるポイントは『巻』という言葉だと思う。『巻』というのは、川が大きくカーブしているところにつけられる言葉。葛巻町は馬淵川が大きくカーブしていることが由来になっていると考えられる」
葛巻町を流れる馬淵川は、地図で見ると大きく湾曲しているのが分かる。
宍戸さんは、同様の例として「花巻」や、岩泉町の「腰巻地区」を挙げる。
「同様の地名として「花巻」の「巻」それから「腰巻地区(岩泉町)」なども、同じように川のカーブしている状況で、同じ「巻」の由来と考える。葛巻の「葛」は、川の流れによって、例えば山にぶつかってその山が崩れる。葛巻の地名は、大きな川がカーブしたところで地形が崩れている場所」と説明する宍戸さん。
葛巻町内には「田子(たっこ)」と呼ばれる地域がある。
ポコッと丸みを帯びた山の姿が印象的だが、その地名の由来にもいくつかの説があるという。
宍戸敦さん
「田子の由来はいくつかある。ひとつは日本語の『たんこぶ』。もうひとつはアイヌ語で『タプコプ』、椀を伏せたような山(地形)という意味の言葉から来たという説。たんこぶがあるいはアイヌ語の言葉「タプコプ」が田子(たっこ)になったと考えられる」
さらに、田子の地名には歴史上の人物が関わっているという説も伝えられている。
南部家26代当主・南部信直と田子にある葛巻八幡宮だ。
長岡功さん
「(南部信直の)生まれは岩手町の一方井ですが、その後、青森県の田子城にに移った。そのため『田子九郎』と呼ばれていた」
後継者争いから身を守るため各地を転々とした南部信直は、その帰路の途中、葛巻町周辺で病にかかったとされている。
長岡功さん
「この地で八幡様にお祈りをしたところ病が治った。後に南部信直は葛巻八幡宮を建立した。『田子九郎(南部信直)』にちなんで、この地を田子と呼ぶようになったという説もある」
一人の藩主の体験が神社の建立につながり、さらに地名の由来として語り継がれている。
地形から生まれた説、歴史に基づく説、そしてアイヌ語との関わり。様々なルーツを知ることでその土地の魅力を感じることができる。