大阪国際女子マラソンで初マラソン挑戦ながら2時間19分57秒という日本記録を出した矢田みくに選手。
2時間19分台という驚異的なタイムを叩き出し、ロサンゼルスオリンピックの代表選考会(MGC)出場権も獲得しました。
25日の大阪国際女子マラソンを振り返り、「やっぱり楽しかった」と笑顔で振り返る矢田選手は、実は陸上競技を辞めようと思ったこともある過去を持っています。
そんな彼女が心の葛藤を乗り越え、世界と渡り合う選手へと成長した軌跡に迫りました。
■初マラソンとは思えない積極的な走り
25日の大阪国際女子マラソンで矢田選手は序盤から世界のトップレベルの選手たちと先頭集団に位置し、驚くべき走りを見せました。
レース中には周囲を見渡し、笑顔を見せる余裕も。
ペースメーカーが外れた30キロ過ぎからは、初マラソンとは思えない積極的な走りで、矢田選手は外国人選手たちと激しい競り合いを展開し、果敢に先頭に立つ場面もありました。
■35キロ過ぎからは苦しい展開に
35キロ過ぎからは一気に外国人選手たちが前に出て、苦しい展開になります。
しかし、それでも諦めることなく驚異的な粘りを見せました。
■40キロ付近で再び前に出て笑顔を見せた矢田選手
その後、40キロ付近では…
【実況】「ここでまた前に出て、突き放しにかかります。これはあるいはスパートをかけにいっているのか。
【沢柳厚志監督】「矢田いいぞ。矢田いいレースだ。楽しめよ。勝負楽しめよ」
沿道からは監督の声援も飛び交い、矢田選手は笑顔を見せながら走りきりました。
■「20分切れるで」沿道からの声援が力に
レースを終えた翌日、関西テレビ「newsランナー」に出演した矢田選手。初めて映像でレースの様子を見た矢田選手は「レースを改めて見るとちゃんと動いてくれてたな」と感想を述べました。
レース中、沿道からの声援は大きな力になったといいます。
【矢田みくに選手】「会社の方が応援に来てくださってたんですけど、のぼりまであるとは思ってなかったんで」
【矢田みくに選手】「特に苦しくなった35キロ過ぎぐらいから『いけるで~』って『20分切れるで~』って。みなさんの声援と共に切りたいなっていう気持ちになりました」
ペースメーカーが外れた瞬間、前に出たときの心境は「初(マラソン)なので守るものがない。どこまでいけるか自分でも知りたかった」と話し、最後のトラック部分での勝負については、意外なエピソードも明かしました。
「実はゲートくぐって直線でゴールすると…」と勘違いしていたことを明かす矢田選手。
「もうちょっとでゴールだ、スパートだ」と思っていたところ、ゴールが想定より先にあることを知り、「ちょっと力尽きちゃいました」と笑顔で話します。
この勘違いが功を奏し、「おかげで20分を切れたのかな」と振り返ります。初マラソンならではのハプニングが記録達成につながったのです。
■幼少期から育まれた走ることへの情熱
矢田選手の走ることへの情熱は幼少期から育まれていました。その背景には意外なエピソードがあります。
【矢田みくに選手】「小さい頃から移動手段は自転車っていう感じなんですけど、きょうだいが4人いるんです。4人きょうだいで自転車は1台だったんです」
末っ子だった矢田選手は「主導権握れないので、きょうだいが行くところに『待って』って追いかけていく形で」走る生活だったといいます。
どれくらい走っていたのかという質問に「家から6キロ弱くらいある湖まで」と答えた矢田選手。小学生の頃から片道6キロも走っていたことに、スタジオからは驚きの声が。
帰りも走ることが多く、「2歳上のお兄ちゃんとじゃんけんして交代で自転車に乗れたこともあった」と語りました。
■陸上を辞めようとした過去も
矢田選手は高校時代から、20歳以下の世界選手権で日本代表を経験。将来を嘱望された存在でした。
しかし、その期待がいつからか、矢田選手の心を苦しめていました。
【矢田みくに選手】「気づいたら周りから追い求められるものを追い求める自分がいて自分の競技っていうよりは相手の顔色を伺いながら競技していた部分もあったのですごい心に波があって苦しかったです」
走ることが嫌いになりかけていた3年前。チームの監督に「陸上を辞めるために走っている」と本音をぶつけた事がありました。
【矢田みくに選手】「『じゃあ辞めてもいいよ』って言われたんですけど、そうすると心のつっかかりがあってやっぱり本心は日本一になりたいとか代表になりたいっていうのがあるんだなぁって再確認できて、そこから競技に対する想いが少しずつ変わってきたように思います」
この経験から、「自分自身のために」走ることの大切さに気づいた矢田選手。25日のマラソンでは、心から「楽しかった」と感じられたといいます。
「もし3年前の自分に声をかけるとしたら?」との問いに「もうちょっと踏ん張ってみて、楽しい未来が待ってるよって伝えたい」と答えた矢田選手の表情は晴れやかでした。
■大阪国際女子マラソンを通して「マラソンの将来を見据えるように」
トラック競技を中心に活動してきた矢田選手ですが、今回のマラソン挑戦で新たな可能性を見出しました。
「練習しながらマラソンに向いてるんじゃないかなって思うことも多々あった」という矢田選手。今後の展望については「今まではトラック中心に考えていたんですが、マラソンの将来を見据えるようになりました」と語ります。
マラソンの何が自分に合っていると感じたのでしょうか。
【矢田みくに選手】「マラソンのいいところは型にはまらず、自由に考えられるところかなと思ってて。練習方法はいろいろある中で自分でアレンジしていけるので、そういうところが合ってるかな」
今回のレースでロサンゼルスオリンピックにつながるMGC(マラソン・グランド・チャンピオンシップ)の出場権を獲得した矢田選手。今後の目標について、こう力強く語りました。
【矢田みくに選手】「マラソンを終えて、オリンピックでメダルを取りたいと改めて思えたので、ロスはそういうメダルを取るという挑戦の気持ちで出場権を獲得したいです」
初マラソンで日本記録を樹立した矢田みくに選手。世界の舞台に挑む彼女の今後の活躍から目が離せません。
(関西テレビ「newsランナー」 2026年1月26日放送)