散歩がそのまま祈りになる場所。
石段を上り、手を合わせ、スタンプを押す――七つの社寺をゆっくり巡ると、暮らしの中の小さな豊かさが見えてくる。
福禄寿の微笑みに迎えられて
石段を上がると、まず福禄寿の穏やかな顔が視線を受け止める。福(幸せ)、禄(豊かさ)、寿(長寿)を象徴するその微笑みに、自然と手が合わせられる。堅苦しさはなく、参拝は暮らしの一区切りのようだ。「目が合いました」「いい一日になりそうだね」といった何気ない声が交わされ、そのやわらかなやり取りがこの場所の居心地の良さを語っている。
冊子とスタンプがつくる散歩のリズム
手元の冊子と並ぶスタンプは、散歩に程よいリズムを与える。順路に決まりはなく、自分のペースで回れる自由さが心地よい。恵比寿、弁天、撫で牛といったそれぞれの社が、日常の願いを受け止める。住職の言葉が静かに場を結ぶ。「この位置がね、広島城から言いますと鬼門にあたりましてね、昔からお城を建てますと鬼門の方角にお寺や神社を建ててそこを守護していただくと。せっかくごろ合わせの7ですからね、縁起物の七福神をそれぞれがまつって、そして皆様をお迎えしようという考え方で、2007年からスタートいたします」。並んだ由来と巡りの意味が、素直に伝わってくる。
出会いと遊び心が添える余白
散歩の途中で生まれる小さな出来事が、この巡りを特別にする。外国から来た若者が楽しそうにスタンプを押す姿、1円玉を浮かべて歓声が上がる瞬間、すべてが日常の延長でありながら少しだけ彩りを添える。七つの社寺を巡る行為は、大きな教えを説くものではなく、手を合わせること、触れること、言葉を交わすことで暮らしに寄り添う祈りを確かめさせる。
歩き終えたときに残るのは華やかさではなく、ささやかな満足と人のあたたかさだ。
テレビ新広島
