2025年、日本の科学界を沸かせたビッグニュースといえば、大阪大学の坂口志文さんと京都大学の北川進さん、2人によるノーベル賞の日本人ダブル受賞でした。
日本は21世紀に入ってから自然科学部門で21人ものノーベル賞受賞者を輩出し、世界でもトップクラスの実績を誇っています。
この明るいニュースの陰で浮かび上がってきたのは、「“科学大国”ニッポンの終焉」。日本の科学研究力の危機的状況でした。
【京都大学・北川進理事】「どう猛に(研究を)やるという環境ができていない。日本はそれができる国だと思っている」
「newsランナー」は京都大学理事の北川進さんにインタビュー。若手研究者が雑務に追われ、研究にかける時間が減っている実態について「学問の源流になるような研究はできにくい」と指摘しました。
■「将来的に新しい技術が日本から生まれてこないかも」ノーベル賞受賞が警鐘
ことしを代表するニュースの1つが、大阪大学の坂口志文さんと、京都大学の北川進さんのノーベル賞のダブル受賞です。
これまでも、日本は様々な分野でノーベル賞の受賞者を輩出。21世紀に入ってから、自然科学部門における受賞者の数は21人と世界でもトップクラスです。
しかし、「科学大国」ニッポンが終焉に近づいているという現実があるといいます。
取材に対し危機感をあらわにした東京科学大学・大隅良典栄誉教授は、2016年のノーベル生理学・医学賞の受賞者です。
【東京科学大学・大隅良典栄誉教授】「将来的にはもう新しい技術が日本から生まれてこないかもしれない」
(Q.日本の科学力が低下していると言われるが?)
【東京科学大学・大隅良典栄誉教授】「それはもう間違いなく(そう)。裾野を広げるっていうことなしには、やっぱり次のノーベル賞って出ないだろうと」
こうした認識はすでに世界にも広がりつつあります。大手科学誌「ネイチャー」では「日本の研究はもはや世界の一線級にない」と辛辣な評価がなされました。
■「“無用の用”が新しい領域を生み出す」京大・北川進理事
日本の“科学”は、一体どうなってしまうのか。
newsランナーは、京都大学の理事でもある北川進さんにインタビュー。その中で研究者に求めたい姿勢について「無用の用」という言葉をあげ、次のように語りました。
【京都大学 北川進理事】「無用=何も役に立つと思っていないものこそ、新しい領域を作り上げるそういう視点なんです。
(以前は)下調べするってなったら、図書館にこもって本を調べて、調べている中で、自分のアイデアを温めていける。
今は何か考えたらピッと(結果が)出てきますよね。また次ピッと出てくるから、受けるばっかりで“自分の頭で考えて咀嚼し、自分から発していく”発想の形ができにくくなっている」
その上で、北川さんは「研究室を運営していくうえで、どうしても若い人に雑用がいく」ことが課題だと指摘しました。
■若手研究者の1日に密着取材 アルバイトの勤怠管理や試薬発注などの業務も
若手研究者の1日に密着取材しました。
京都大学医生物学研究所で生物と工学を組み合わせた『バイオメカニクス』という分野の研究に取り組む、牧功一郎准教授(36)の1日の始まりは、午前8時。朝はアルバイトの勤怠管理から始まります。
【京都大学医生物学研究所 牧功一郎准教授(36)】「学部生の子がアルバイトで来てくれているんですけど、それの勤怠管理です」
その後も学会の資料作りや試薬の発注など…膨大な業務に追われる牧准教授。
指導する学生とのコミュニケーションはこうした中でも、貴重な時間です。
【京都大学医生物学研究所 牧功一郎准教授】「その実験は、違いが出てたんね?それめっちゃいいやん」
「学生とやっているのは楽しいですね、自分1人でやっていて、煮つまっちゃうこともあるし、いろんな分野の人がここに来るので、思わぬアイデアがでることもあるので、それはいいなあと思っていて。それは楽しい」
■学生の指導は「楽しい。思わぬアイデアがでることも」
”時短”のため、ランチは部屋でお弁当です。
【京都大学医生物学研究所 牧功一郎准教授】「奥さんが作ってくれて、パパっと食べてます。時間ない時もあるし、時間できたときに食べる場面が多いので」
栄養補給も済んで、今度こそ、研究開始。と、思いきや…
「なんかちょっと暗くない?そこまず、気になったかな…」と、牧准教授は、学生の実験をサポートしていました。
【京都大学医生物学研究所 牧功一郎准教授】「今回の実験は失敗…まあ、こんな日もあるかな、実験はほんとそんな感じです」
学生に「次やるとき、また声かけてくれへん?一緒に見てみたいから。途中のはがれ具合とか、見てやってみようか」と声をかけた牧准教授。
飛び込みで相談にくることもしばしばです。
【研究室の学生】「実験の結果が予想していた風にいかなくて。きのうやった時と違う結果が出てしまって、どうしようかなと思って先生に相談しました。困った時とか、一人じゃ間違った方向いくことが多いので…」
【京都大学医生物学研究所 牧功一郎准教授】「自分で調整できるところは、自分でしながら、優先は学生さんとの時間かなと思っている。
実験していてたら、その場でトラブルを解決することとか多いので、なるべくその場でできたらいいなと思っているので、(実験室を)ウロウロしているようにしています」
■「じっくり研究のことを考えにふける時間は、もっとあるといいなと」
あっというまに帰宅時間の午後6時を迎えました。
牧准教授は、学生との議論も大事だと前向きに捉えていますが、十分な時間を確保するのは困難。
論文を読んだり、自分の研究計画を考えたりするのは、子供が寝静まった後の自宅です。
【京都大学医生物学研究所 牧功一郎准教授】「(若い人が)教員になられたときに、いろんな手続き、書類に慣れる時間って、面食らう人も多いのかなと思っていて。
『僕が慣れてきたからOK』じゃなくて、次の世代の人が教員になる場合に、サポートがあればいいなと。
じっくり研究のことを考えにふける時間は、もっとあるといいなと思っています。時間を忘れるくらいやりたい。
悩んで悩んで、ある瞬間に突き抜けるというか、わかった気になるというのが、研究者がやるべきことだと思う。そこをもがいて、問題の解決までこぎつけるのが研究者としてできるといいなと」
■「学問の源流になるような研究はできにくい」京大・北川理事
(Q.大学の教員が研究に使っている時間が年々減っている現状があります。昔との変化など感じますか?)
【京都大学・北川進理事】「はい、あります。時間で表すと、昔は、2日・3日と費やして色々と考えることができた。
今はおそらく半日もない。お金を計算したり、注文したり、学生の指導」
■「正直ビジョンを持ちきれないくらい不安でいっぱい」40代の研究者
研究者を苦しめているのは忙しさだけではありません。
「期限付きポスト」で研究を続ける40代の研究者にも取材すると、1年ごとに更新される不安定な雇用状況の中、2人の子供を育てながら研究を続けている厳しい現状が分かりました。
【40代の研究者】「正直ビジョンを持ちきれないくらい不安でいっぱい。1年ごとに更新されるポストになっていて、(職の)メドがつきそうなのは再来年の3月まで」
いつ無職になっても、おかしくはありません。
【40代の研究者】「(周囲には)30 ~40候補だして面接いったのが3つでそれも落とされてみたいな話も聞きますね。不安ですよね」
日本では研究者のおよそ3割が任期付きのポストに就いていて、「次を考えるとなるべく早く成果が出る研究を選びがちで、チャレンジングなことに手を出しにくい」という声も聞かれました。
さらに、給与面でも、研究者は恵まれているとはいえません。
■北川さんが進める取り組みの一つが「研究者を支える技術職員の育成」
北川さんも、この現状には危機感を抱いていました。
【北川進さん】「生きるためにやっている感じで。心を平穏にしながら、だけど研究に対しては獰猛にやるっていうそのような環境ができていない。
若い人には、研究できる環境とポジションを与えてあげたい。良い待遇、給料も良い待遇でのびのびと研究してもらう環境を作ると。まだ日本はできる国だと思っています」
北川さんが進める取り組みの一つが、研究者を支える技術職員の育成です。
災害の様子を再現できる施設で装置のメンテナンスなどを担う中本幹太さんは、研究者のオーダーに合わせてゼロから装置を作ることもあります。
【京都大学「技術部」中本幹太さん】「先生の依頼で10メートルの水路が欲しい。ボルト1本とっても何本必要かとか、強度を考えるのは我々なので、機械設計の知識が必要」
■「素晴らしい環境ができれば若い人も自分の人生をかけてみたいと思う」
こうした技術職員の重要性に着目し、北川さんは2025年10月に新たな部署「技術部」を設置しました。
【京都大学・北川進理事】「世界のトップの機器を扱っている人はどんどん(研究が)進んでいく。それに対して前と同じ機器を扱っているのではだめ。
圧倒的に(日本は)技術支援する人たちが少ない。素晴らしい環境ができれば、若い人も自分の人生をかけてみたいと思うようになっていただけるのではないかと思う」
現場で今まさに研究に取り組む、京都大学医生物学研究所の牧功一郎准教授も次のように期待を寄せます。
【牧准教授】「いろんなところで『若手の環境を』と言ってくださっているのは、本当にありがたいなと思っているところでして。
アイデアはあるけど、知識がないから実行に移せないということが多々あると思っていて、それをオープンに打ち明けられる場所があって、『それは難しい』とか、『やってみたら面白い』とかフィードバックがあると行動に移す確率があがるかなと」
日本が、これからもノーベル賞をとるような研究者を輩出するためには、若い力が夢をもてる環境が必要です。
■「これから研究に対する投資は絶対大事」維新・吉村代表
最後に、「国への要望」として、「若い研究者を育てるのは、時間もかかります。お金もかかります。しかしながら日本の将来は明るくなると思うので、よろしくお願いいたします」と北川さんは話しました。
【日本維新の会・吉村代表】「日本は科学技術立国といわれてきたが、その環境が難しくなってきている。これは変えていけない。基礎研究とか科学技術に関する投資が少なすぎた。連立合意する際に、日本の科学技術研究費を上げるということも組み込んだ。
(2026年度の)予算(案)では過去10年でほとんど増えなかった科学技術の研究費を最大の伸び幅にしました。これから研究に対する投資は絶対大事だと思う」
■「いたずらに研究費を増やしてもしょうがない」京大・藤井聡教授
京都大学大学院の藤井聡教授は「いたずらに研究費を増やしてもしょうがない」と指摘し、「増やして欲しいのは競争的資金ではなく当初予算の運営費交付金」と訴えました。
「運営費交付金があると安定的なポジションをパーマネント(期間の定めなく)で雇うことができるので、中国に行く人もいなくなります。また、プロポーザル(研究計画書)を書かなくても済むようになるので、安定的にゆっくり研究を考えることができるようになります」
主要国の研究開発費の総額を比較すると、アメリカ約91兆円、中国約87兆円に対し、日本は約22兆円と大きな差があります。
中国に拠点を移した日本人研究者からは、「中国の方がチャンスも多く安定したポジションがある」「5年間で約2億円の研究費をもらえた。日本ではありえない」といった声も。
日本がこれからも世界をリードする科学技術を生み出し続けるためには、研究環境の改善が急務であることが改めて浮き彫りになりました。
(関西テレビ「newsランナー」2025年12月26日放送)