1974年、総理就任から約2年を迎えた田中角栄氏が、新潟県人大会で語った「五つの大切なこと」と「十の反省」。戦後日本のあり方を見つめ、人間の条件を問う言葉である。
作家・山岡荘八氏を迎え、約50分にわたり率直かつ真剣な議論が交わされた本対談。約50年の時を経て、田中氏が当時語っていたことをシリーズで振り返る。今回は、田中氏が「五切十省」を語った由来などについて振り返る。(全6回/3回目)
■五切十省を語った思い
新潟県人会で「五切十省」について語った田中角栄氏。なぜこの言葉を発したのか、山岡氏は問うた。
山岡荘八:
「これをあなたが考えつかれたのは、どんなところから考えつかれたんですか? これは作家らしい聞き方で、具合が悪いんですけども。」
田中角栄:
「あなたがね、精神運動とかそういうことをなさらなくても、『徳川家康』を全日本人の1割も2割もが読んでいるというように、それが大きな精神運動の中心をなしている。やっぱり私たちも田舎もんであっても、政治家になってだんだんと中心に行きますと、責任を感じますよ」
田中氏は、少年時代や友人との思い出を振り返ると、「人間の心とか徳とかそういうものに関してだけが一緒」、「戦前はそれが強調されすぎ、戦後はそれに触れる人もなくなった」と語る。
田中角栄:
「それではいかんのだと。国会で答弁していても、ちょっとした答弁の仕方でパッと反発を受けるのと、素直に楽々とした気持ちで話をしていると相手から共感が得られる。戦後25年経ってきて、第2の四半世紀に行く時の一番重要なものは、やっぱり心とか徳とか責任とか。今までタブーだったようなものを、最も自然の話の中に、自然の生活の中に、アクセントなく流れ込んでいくにはどうするか。それは歌になるやつとか詩になるやつとか、そういうものに謳い込んでいきたいんです。だんだんと」
■丸ビル爆破事件と多摩川水害ーー政治の責任
山岡荘八:
「日本人は今ですね、頭がパンクしそうになっちゃいましてね。色々な知識を詰め込まれて、一番大事なものをみんな消してしまった上で動いてると。今度の丸ビルのそばで起こったこと(三菱重工爆破事件)と、多摩川で大水が出て堤防が決壊したこと(多摩川水害)ーー日本の行き詰まりの姿が2つはっきり出てると思うんですよ」
田中角栄:
「あの丸の内の問題ね。日本の政治家としては非常に大きな責任を感じます。日本人というのは、非常に責任感の重い民族でしてね。誰がやったか分からないようないたずらはしないことになってるんだよ。『遠からん者は音にも聞け、近くば寄って目にも見よ』ーーそれを全然分からない。不特定多数の老人でも子どもでも、病人でも何でもが殺傷されるということは、許しがたいことです。しかし、そういう世相を作っている。現に起こっている。ということは、やっぱり政治に欠陥があるんですよ。教育だってもっとやっぱり必要なら正すべきことを正さなきゃならんという責任を感じますな」
田中氏は、テルアビブ空港乱射事件など、海外でも日本人が関与した事件を挙げ、「日本には物を売らない、原料を売らないという時代が来ますよ」と警鐘を鳴らす。「長い日本人の歴史になかった問題を提起しました」と。
多摩川の問題についても、田中氏は政府と住民の両方が勉強させられていると指摘する。
■「政治は勇気をもって国民に必要なことを言わなければ」
田中角栄:
「災害が来ないと、言うことは聞かれんですよね。来る来ると言ってもオオカミと同じことでね、24時間に500mmも降ったということは例がない。東京を周辺にしたなかで、大河内は一番雨が降らないんです。だから『なんでそこに水がめを作ったんだ』と非常に指弾(非難すること)されたんですよ。しかし、この頃いろんなことが起こる。全部政治の責任でしてね。何百年に1回降ったのだから、と天候に任せられるものではない。丸の内事件も多摩川の堤防決壊も、やっぱり一般の責任は皆、政治にあります」
だからこそ、政治は勇気を持って国民に必要なことを言わなければならない。移転が必要なら「移転してもらうためにもっといいやつを作ってあげます」と明言し、「いつまでも四の五の言ってたら行政執行しますよ」と政治の責任を明らかにしないで、責任を逃れるわけにはいかないと話す。
山岡荘八:
「政治がやりにくすぎたから、ああいうことになるんだろうと思う」
田中角栄:
「道路が全部両側出来てきて、たった1軒真ん中にあって、そのために5年もかかるんですからね。だからやっぱり、五つの大切や我々の日常の反省の中の最も根本じゃないですか」
■新潟と東京の違いーー過密が生む災害
田中角栄:
「新潟県で事故が起こった場合と、東京で起こった場合ってのは、比べるべくもないですよね。やっぱり新潟県というのは広いですよ。自然もあるし、人間もまだ少ない。ところがこの頃、過密が過ぎましてね。この中における事件というものは、かつての日本人では考えられない規模の災害が起こりますからね。だから社会的混乱とか色々な意味でも状態は変わってきました」
山岡荘八:
「現代人の判断の仕方で『それならこうした方がいい』って簡単に割り切れる問題じゃなくなってきました。割り切れない問題の中でみんな1人ずつが好きなこと言って割拠されちゃったら、手がつけられないことになります。だから、みんなに任せて好きにやっていったらやり方があるかって言ったら、それは全然ありませんからな。ないから世界中が行き詰まった形になってる時ですから、ここではもう誠実にですね、これがいいと思うことでやっぱ多数決で従ってもらうよりしょうがないですよ。そういうことははっきりしてるんですが、さて、自由主義だって言うと従えませんな」
田中角栄:
「何か事故が起きないとね。世界的な状態、日本の状態を見ても、いろんなやっぱり新しい問題が起きてきました」