2025年は、東南アジアを舞台にした特殊詐欺の事件が相次いだ。ミャンマーでは1月から2月にかけて7000人以上のかけ子らが詐欺拠点から救出され、カンボジアでは日本人グループの摘発が相次ぎ、12月にも南部の都市で日本人16人が拘束された。増殖する詐欺グループをどのように撲滅するのか。日本を含む関係国の連携強化が大きな課題となっている。

1月と2月には日本人高校生を保護

2025年10月、ミャンマーの軍事政権は詐欺撲滅に向けた本格的な対策に乗り出した。タイ国境にある大規模詐欺拠点「KKパーク」を破壊し、翌月には「シュエコッコ」の拠点も一掃したのだ。

ミャンマー軍事政権が詐欺拠点とみられる建物を破壊
ミャンマー軍事政権が詐欺拠点とみられる建物を破壊
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背景には“犯罪拠点を取り締まらず放置している”という国際的な批判があり、現地メディアによると1500人以上のかけ子らが隣国のタイ側に逃げ込んだとみられている。

こうした国境地帯の詐欺拠点が国際問題となったきっかけは、2025年1月にタイで起きた事件だった。中国人若手俳優がタイで誘拐され、ミャンマーで詐欺を強要されたのだ。

詐欺拠点から救出された外国人らは大型バスで移送された

その後、複数の拠点から7000人以上の外国人が救出・送還されるという前代未聞の事態に発展した。また、日本から渡航した高校生の少年2人が、それぞれ1月と2月に詐欺拠点から保護されたニュースは、日本社会に驚きと衝撃を与えた。

カンボジアで日本人の拘束相次ぐ…現地進出の日系企業にも影響

カンボジアでも2025年、詐欺拠点での日本人の拘束が相次いだ。5月にはタイ国境(ポイペト)で29人、11月にはベトナム国境(バベット)で13人、そして12月には南部・シアヌークビルで16人と、2025年だけで50人以上に上っている。

日本人29人が拘束されたポイペトの詐欺拠点
日本人29人が拘束されたポイペトの詐欺拠点

我々が10月にベトナムとの国境地帯を取材すると、のどかな田園風景のなかに詐欺拠点とみられる大規模な建物群が突如として現れた。周辺住民によれば、いずれもここ1年ほどで建てられたものだという。

ベトナム国境の田園風景に突如現れる巨大な建物
ベトナム国境の田園風景に突如現れる巨大な建物

詐欺グループの現役リクルーターは「警察の監視が薄いベトナム国境に拠点が次々と作られている。日本人も100人ほどいるだろう」と証言。捜査の手が及びにくい地域へ詐欺グループが拠点を移し、組織が拡大し続けている実態が明らかになった。

日系企業への影響を危惧するジェトロ・若林康平所長
日系企業への影響を危惧するジェトロ・若林康平所長

こうした状況は現地に進出する日系企業の経済活動にも影を落としている。カンボジアには安価な労働力などを求めて、製造業をはじめ多くの日系企業が進出しているが、現地で日系企業の支援を行うジェトロ(日本貿易振興機構)の若林康平所長は「カンボジア=特殊詐欺のイメージを持つ人が多くなり、ビジネスや投資を表面的な印象から控えてしまっている」と話す。

“顔認証要員”詐欺拠点で新たな需要か

詐欺拠点の拡大につれ、かけ子以外の「新たな役割」の需要が増えている実態が明らかになった。それは銀行口座を使う「顔認証」のための要員だ。

支援団体に駆け込む詐欺拠点の監禁被害者
支援団体に駆け込む詐欺拠点の監禁被害者

2025年10月、タイ・バンコク近郊にある支援団体「イマニュエル・ファウンデーション」の事務所を訪れると、カンボジアの詐欺拠点にだまされて連れていかれたというタイ人7人が集まっていた。彼らはカンボジアの拠点で、詐欺用の口座にログインするための「顔認証」を強要されたという。

現地では、待機部屋に集められ、管理役の中国人に名前を呼ばれたら別室で顔をスキャンされ、また待機部屋に戻る作業を強いられる。報酬は一切なく、口座が凍結などで使えなくなった時点でようやく解放されるという。口座はマネーロンダリングに使われていたとみられる。

タイの支援団体のジンマンカ代表は月100件近くの依頼に対応
タイの支援団体のジンマンカ代表は月100件近くの依頼に対応

支援団体のジンマンカ代表によると、こうした顔認証要員としての監禁被害は急増していて、「詐欺拠点からの助けを求める依頼は、昨年度の3倍超にあたる月100件近くに上る」という。保護された20代女性は「暴行や拷問はなかったものの怖かった」と語り、20代男性は「同じ拠点で殺された人もいると聞いた。だました人たちを捕まえてほしい」と涙ながらに訴えた。

特殊詐欺の被害は過去最悪…国際的な連携が急務

警察庁によると、2025年の特殊詐欺被害額は10月末時点で1000億円を超え、過去最悪を更新した。特に警察官を騙る詐欺が横行していて、東南アジアからの国際電話が使われているケースも多い。警察は海外拠点の詐欺グループ摘発に力を注いでいるが、壁は厚い。日本の捜査権が及ばないため、現地警察との調整に時間を要するほか、捕まったとしても日本の法律では微罪になりやすく、犯罪者にとって“割がいい”のが実情だ。

では、国境をまたぐ組織的な犯罪にどう対処すべきか。

国際的な連携強化を訴えるタイ警察幹部・タッチャイ氏
国際的な連携強化を訴えるタイ警察幹部・タッチャイ氏

ミャンマー国境の捜査を指揮したタイ警察のタッチャイ氏は「日本を含めた関係国が当事国の政府に働きかけを行い、詐欺グループの取り締まり強化を促すことが必要」だとFNNの取材に強調した。

アメリカ政府が制裁を科したカンボジアの「プリンス・グループ」
アメリカ政府が制裁を科したカンボジアの「プリンス・グループ」

具体的な取り締まり強化に乗り出している国もある。

アメリカは、詐欺への関与が疑われるカンボジア企業に独自制裁を科して資金源を断つ強硬手段に出た。また韓国は、東南アジア諸国との2国間外交でのアプローチも進めていて、カンボジアの大使には元警察長官を任命するという異例の人事を行い、捜査協力の強化を目指している。

ベトナム国境の詐欺拠点を取材する筆者
ベトナム国境の詐欺拠点を取材する筆者

日本でも12月10日に、カンボジアやフィリピン、タイなど14カ国とICPO=国際刑事警察機構などが参加する国際会議が開かれたが、多国間の枠組みでは限界もある。詐欺グループの撲滅に向けて、そして自国民の生命・安全の保護のために、日本政府は関係当事国への関与を一段も二段も強めていく必要があるだろう。
(FNNバンコク支局 杉村祐太朗)

杉村祐太朗
杉村祐太朗

FNNバンコク支局特派員。1986年静岡県生まれ。2011年にテレビ静岡に入社後、行政担当やドキュメンタリー制作などを行い、2024年4月~現職。