アジア太平洋地域を中心とした国防トップらが一堂に会し、安全保障上の課題や防衛協力などについて話し合う「アジア安全保障会議(シャングリラ会合)」が、5月31日から6月2日までシンガポールのシャングリラホテルで開かれた。

21回目を迎えた今回の会議、最大の焦点は台湾海峡や南シナ海などで海洋進出を強める中国への対応だ。
台湾をめぐっては、就任演説で「互いに支配を受けない」などと強調した台湾の頼清徳総統を中国は「独立勢力」とみなし、台湾を包囲する形で軍事演習を行うなど圧力を強めている。
また中国とフィリピンが領有権を争う南シナ海では、補給活動で軍の拠点に向かっていたフィリピンの船が中国海警局の船に度々放水され、2024年3月にはケガ人が出るなど、中国による威圧的な行動がエスカレートしている。

こうした覇権主義的な行動を強める中国が、会議や他国との会談の場でどんな主張をするのか、またアメリカをはじめとする各国の発言にも注目が集まった。
「米中国防相会議」1年半ぶり開催 台湾や南シナ海問題で応酬
会議初日の31日、開幕に先立ち行われたのは、対面では約1年半ぶりとなる「米中国防相会談」だ。
両国の国防相会談は、去年もこの会議に合わせてアメリカ側が打診したが中国側が拒否。その後11月に、両国の首脳が国防当局の対話再開に合意したことで調整が進められてきた。
会議全体の雰囲気を左右しかねない米中の会談は、中国の董軍国防相がアメリカのオースティン国防長官の部屋に赴く形で、予定より長く1時間15分にわたり非公開で行われた。

会談後、アメリカのオースティン国防長官は記者の問いかけに答えることなく、集まるメディアの前を通り過ぎていった。
アメリカ国防総省によるとオースティン国防長官は会談の中で、中国が台湾周辺で軍事演習を行ったことを念頭に「挑発的な行為」と懸念を示し、南シナ海については国際法で保証されている公海の航行の自由を尊重することの重要性を強調したという。

一方の董軍国防相は、一瞬笑みも浮かべながら集まったメディアの前で足を止め、「みなさんご関心を持っていただきありがとうございます。あとで私の同僚から状況を紹介させていただきます」と述べた。
中国国防省によると董国防相は、台湾問題について「中国の内政問題だ」と述べ干渉しないよう求めたほか、南シナ海については、アメリカが軍事演習をきっかけにフィリピンに中距離弾道ミサイルを配備したことをあげ「地域の安全保障に大きな脅威だ」とけん制するなど、従来の主張を強調した。
両者は偶発的な衝突を防ぐため対話を継続することでは一致したが、台湾や南シナ海をめぐる議論は平行線を辿り、会議での議論の先行きに暗雲が立ち込めた。
フィリピン・マルコス大統領の演説に中国軍人が猛反発 会場に緊張感走る
31日夜、会議の開幕を祝うオープニングレセプションの後、南シナ海問題の“当事者”であるフィリピンのマルコス大統領が基調講演を行った。
マルコス大統領は中国を念頭に、「南シナ海の安定が武力や威嚇、根拠のない主張によって損なわれている」と批判した上で「主権を守るためなら何でもする。屈するつもりはない」と強調した。

中国の脅威と自国の正当性を主張する演説は、マルコス大統領の「決意」を感じさせるものだったが、講演後に真っ先に質問に立ったのが中国人民解放軍の少将だった。
少将は「最近のフィリピンの行動は相手側の心地よさを考えていない」とフィリピン側をどう喝し、会場に緊張感が走った。

これに対しマルコス大統領も、別の質問者からの「フィリピン側に死者が出たらどうするか」との問いに「わたしたちが定義する戦争行為に極めて近い」と説明し、相互防衛条約を結ぶアメリカとともに反撃する可能性を示唆するなど対決姿勢を示した。
中国とフィリピンの2カ国会談は期間中開催されず、対立の先鋭化が感じられた。
中国・董軍国防相 演説後の質疑にほぼ答えず 自国の論理を延々と展開
会議最終日の2日には、去年末の就任後本格的な外交デビューとなる董国防相の演説が行われた。
演説で董国防相は、台湾問題について「外部勢力のせいで平和統一の見通しが損なわれている」と述べ、関与を強めるアメリカを念頭にけん制した上で、「台湾を中国から切り離そうとする者は必ず粉々に打ち砕かれ、自ら破滅を招くだろう」と強い言葉を並べた。

また南シナ海問題では「自制を保ってきたが、限界がある」と述べ、フィリピンへの不満を口にした。
象徴的だったのは演説後の質疑応答だ。
董国防相は会場から出た質問の多くに真正面から答えず、代わりに台湾や南シナ海に関する主張を延々と展開した。司会者に「質問に答えて欲しい」とたしなめられても譲らず、中国の強硬な姿勢が目立った。
ゼレンスキー大統領が異例の中国批判「プーチン氏の道具になっているのは残念だ」
今回の会議には、ウクライナのゼレンスキー大統領が飛び入りで参加した。
1日夜に会場に到着後、早速各国の国防相などと会談しFNNの取材に「ここで会談ができてうれしい」と対面での初参加が実現したことに感謝を述べた。
翌2日には基調講演を行い、ロシアの侵攻を批判するとともに、6月15日からスイスで開かれ自らが提唱する和平案を話し合う「平和サミット」への参加を呼びかけた。

驚いたのはその後に開かれた記者会見で、これまで表舞台では控えてきた中国の批判を展開したことだ。
ゼレンスキー大統領は「平和サミットへの欠席を表明している中国が各国に対して参加しないよう働きかけている」と述べた上で「中国のような独立した強力な大国が、プーチン氏の道具になっているのは残念だ」と強調した。

ウクライナ国内でロシアが攻勢を強める中、軍事侵攻に「理解」を示している中国をけん制したものとみられる。
米中の対話継続で一定の成果 台湾や南シナ海めぐる問題は溝埋まらず
会議を主催したイギリスのシンクタンク「国際戦略研究所」は、会議に合わせ公表した報告書で、「アジア太平洋諸国は核兵器を保有する米中の意思疎通が欠如していることを懸念している」と指摘していた。
その意味では、対面で1年半ぶりに米中国防相会談が開催され、対話の継続を確認したことは、偶発的な衝突を防ぐ上で一定の成果として挙げられる。

しかし焦点であった台湾や南シナ海の問題をめぐっては、溝の深さが改めて浮き彫りになった。
米中は演説や会談のなかで、これらの問題について名指しこそしなかったものの、互いを念頭に激しい応酬を繰り広げた。
さらに中国に関して言えば、今回の会議を一歩も譲らない自国の主張を宣伝する場として利用しようとする意図さえうかがえた。
中国の海洋進出は南シナ海だけにとどまらず、尖閣諸島などの東シナ海でも脅威となっていて日本も人ごとではない。
アメリカや日本は、中国との対話を継続する一方で同盟国や友好国と連携を強化し、抑止力を高めていくことで、アジア太平洋地域の平和と安定に努める必要がある。