昭和の学園祭、熱狂と青春の記録
芸術の秋、そして学園祭の季節。愛媛県内の大学や高校では各地で学園祭が開催されているが、昭和の時代の学園祭はどのようなものだったのだろうか。
今回は愛媛の昭和100年シリーズとして、松山大学(旧松山商科大学)、松山商業高校、愛媛大学の学園祭を振り返る。
自動車を壊す!?松山商科大学の衝撃イベント
昭和46年の松山商科大学の学園祭の呼び物は、自動車をみんなで思う存分壊してしまおうというなんとも変わったイベント。
屋根に登って踏みつけたり、角材を持って叩いたりと、車を壊せるという滅多にない機会に学生たちも楽しそうに車を壊し続ける。当時のニュースは「学生たちは日頃の恨みを晴らすかのように、車を壊していった」と伝えていて、当時の大学生も色々とストレスがあったのかもしれない。

商業高校らしさ全開!松山商業の伝統バザー
昭和53年の松山商業高校の文化祭の呼び物は、商業高校にふさわしいバザー。
ノートや鉛筆などの文房具から、食料品などもりだくさんの商品が教室に並び、生徒たちが競うようにお客を呼び込んでいた。

街を彩る愛媛大学の仮装行列
こちらは平成3年の愛媛大学の学園祭。当時の呼び物は学生たちの仮装行列だ。松山市内を練り歩き、祭りムードを盛り上げた。
スキューバーダイビング部のマンボウなど、クラブ活動にちなんだものや、当時大相撲で大活躍していた貴花田。さらには仮面ライダーやゴジラなど、バラエティ豊かに街の人たちを楽しませていた。

