一方で、相手が白人女性でなければ、意外に積極的だったりもする。米・シンシナティに住んでいた頃には、黒人にルーツがある女性と結婚したこともある。
当時、欧米社会の有色人種差別は、現代とは比べ物にならない酷さだった。八雲にも無意識のうちに優越意識があり、有色人種にはコンプレックスを感じずアプローチできたのかもしれない。
憧れを粉砕した大柄で逞しい体格
セツも八雲とそういった関係になることを覚悟していた。普通の女中仕事ではありえない額の給料を提示され、そこには妾としての報酬も含まれていると察していた。が、断ることはできない。困窮極まる一家を救う手段はそれしかないと受け入れた。
しかし、八雲はセツをひと目見るなり、激怒してダメ出ししてきた。ここで追い返されるのは困る。金の問題もあるが、容姿を理由に不採用というのは彼女のプライドにもかかわる。
ところで、八雲はセツのどんなところが気にいらないのか、なぜ士族の娘ではないと疑ったのか?
それは…セツの体格が、ピエル・ロティの作品に登場する士族の娘とは真逆だったから。その印象には、八雲の“士族の娘”への憧れや妄想を崩壊させるインパクトがあった。
セツと八雲が一緒に映る写真で、ふたりの身長には差がなく同じにように見える。八雲の身長は157cmで白人男性としてかなり小柄なのだが、明治時代中頃の日本人男性平均身長とほぼ同じ。また、女性は145〜147cmだったというから、セツはそれを10cmも上回る。当時としてはかなり大柄な女性だった。
骨太の逞しい体格でもある。家族を養うために子供の頃から機織工場での重労働に明け暮れて、かなり筋肉がついてしまった。
セツの太い腕や盛りあがった肩を目にした八雲は「これは農作業で鍛えた百姓娘の体格だ」と、誤解した。
思い込みの激しい彼は、一度そう思ってしまうと修正するのが難しい。また、嘘をつかれることが大嫌い。自分を騙そうとする者は許せず、感情を爆発させて激怒してしまう。
セツもまた、感情を露わにして怒りまくる八雲の態度、当時の日本では最悪のマナー違反を不快に思った。言い訳を一切聞こうとしない頑固にも呆れて腹が立ってくる。お互い第一印象は最悪だった。
