出版社は25万円の支払い提案
2021年9月、宝島社の担当編集者は原告に対して契約の解除を通知した。
契約解除後、原告と宝島社は、これまでの実稼働分に対する報酬について協議を行った。
宝島社は、編集作業などに対して「グロス25万円(税別)」の支払いを提案した。
一方、原告は、外注者からすでに報酬の請求を受けていた。作画家からは48万円、本文ライターからは38万5000円、シナリオ作成やデザインなどを担当した制作会社からは80万3000円。
これらを合わせると、原告が負担すべき金額は166万8000円にのぼる。
さらに原告は、自身の編集報酬として35万円、精神的慰謝料として100万円を加え、損害額は約414万円に達するとして、宝島社に対して損害賠償を求めた。
3つの争点
争点は主に3つある。
まず、原告と宝島社の間に「書籍制作一式を請け負う契約」が成立していたかどうか。
原告は、シナリオ作成や作画、本文執筆、デザインなどを一括して受注したと主張したが、宝島社は「マンガ部分の編集とシナリオ構成のみを依頼した」と反論した。
次に、制作途中での「作り直し指示」や「契約解除」が違法かどうか。
原告は、著者の意向による方針変更に伴い、外注先への再依頼や追加作業を強いられたとし、これらの対応が不当であると訴えた。
一方、宝島社は、著者の要望や出版スケジュールの都合を理由に、正当な判断だったと主張した。
第三に、原告に損害が発生していたか。そしてその賠償責任が宝島社にあるかどうか。
原告は、外注費や自身の報酬、精神的慰謝料などを含めて約414万円の損害を主張したが、宝島社は一部報酬をすでに支払っており、損害は填補済みであるとした。
裁判所の判断は
裁判所はまず、原告が書籍制作一式を請け負っていたかどうかを検討した。
原告が外注者に対して個別に業務を発注し、進行管理を行っていたこと、宝島社が契約書を交付していなかったこと、外注者が原告を契約相手と認識していたことなどから、東京地裁は「書籍一式の制作を依頼したと評価するのが相当」と認定した。
次に、制作途中での「作り直し指示」や「契約解除」が違法かどうか。
裁判所は、著者の意向に沿わない内容であったこと、原告側の作業に遅れが生じていたこと、出版スケジュールに対応できない状況であったことなどを踏まえ、宝島社の対応には一定の合理性があったと判断した。
そのため、発注者側に違法性があるとする下請法違反の要件を満たさず、「違反の前提を欠く」と結論づけた。
また、宝島社が契約解除後に実稼働分として約35万円を支払っていたことも考慮され、裁判所は「不法行為に当たるとはいえない」として、原告の請求を退ける判断につながった。
「曖昧な契約」ですれ違い
この裁判を通じて、仕事の範囲や責任を明確にしないまま進めることのリスクが浮き彫りになった。
業務を巡って原告と宝島社は認識にズレがあった。
こうした状況に、公正取引委員会も注目。2023年6月、宝島社に対して「下請法違反の恐れがある」として指導を行っている。
契約内容がはっきりしないまま仕事が進められたことが、トラブルの原因になったとみられている。
出版業界では、制作のスタート時点で契約書を交わさないケースも少なくない。結果的にこの裁判は、そうした慣習が後になって大きな問題につながる可能性があることも示した。
