自民党総裁選で高市早苗氏が勝利したことを受け、週明けの金融市場は、積極財政路線を材料視して株価の上昇が見込まれる一方、円相場には下落圧力がかかるとの観測が出ている。

「物価高対策」と「積極財政」

新総裁に選出された後の会見で、高市氏が注力する姿勢を強調したのは、物価高対策だ。高市氏は「できるだけ速やかに、多くの国民が直面している課題に取り組まなければならない」と意気込みを語った。

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ガソリン税の暫定税率をめぐっては、与野党はすでに年内に廃止することで合意しているが、高市氏は「ガソリンと軽油の価格を下げたい」と、軽油も含め、上乗せ税率分をなくす考えを改めて示した。そして、「この臨時国会で法律を出してやらなければならないが、適用されるのは少し先になる。それまでの間、現在ある基金を補助金という形で出していく」と述べた。

また、医療や介護など国がサービス価格を決める分野の支援にも言及した。「診療報酬の改定は年末にあるが、その効果が表れるのはちょっと先。それを待っていられない状況だ」、介護報酬も改定年まで「待ってはいられない」と指摘。深刻な赤字に陥る病院が増え、介護施設で倒産が相次いでいるとして、「補正予算を使って支援できる形を検討してもらいたい」と提起した。

赤字企業の賃上げ支援も

自治体が独自の物価対策にお金を使えるようにする重点支援交付金では、中小企業の賃上げなどを支援できるようにしたいとして、積み増しの検討に言及した。「中小企業や小規模事業者で、いまの賃上げ税制を活用できない赤字企業があり、そういう事業者に対する手当てをしなければいけない」と述べた。

総裁選で導入を訴えた、所得減税と給付を組み合わせる「給付付き税額控除」については、仕組み作りに「数年単位でかかる」とした上で、「議論する課題として政務調査会長にお願いしたい」と述べた。消費税率の引き下げについては、自民党内で多数派意見にならなかったことを踏まえ、「選択肢として放棄するものではないが、すぐに対応できることをまず優先したい」とする考えを示した。

財源手当てにどう向き合うか

物価高対策で大きな課題となるのが財源だ。ガソリン税・軽油引取税の暫定税率がなくなることで失われる税収は年1.5兆円に及ぶ。ほかにも対策メニューが列挙されるなか、歳出拡大や税収減をめぐる財源手当てにどう向き合うが焦点となる。

高市氏は総裁選で「責任ある積極財政」を訴え、「戦略的な財政出動で強い経済を実現する」としてきた。会見では「財政健全化が必要ないと言ったことは一度もなく、純債務残高の対GDP比を徐々に引き下げていく思いだ」と述べたうえで、「ただし、いま多くの人が困っている物価高を手当てするのは国の大事な仕事だ」「投資すれば必ず需要が生まれ、仕事をする方々がいて税収も上がる。税収が増える賢い投資をする『ワイズスペンディング』が私の方針だ」と説明した。

「金融政策は政府に責任」

金融政策でも発言が相次いだ。日銀との関係については「政府と日銀が足並みをそろえてしっかりと協力しあってやっていかなければいけない」と訴えたうえで、「財政政策にしても金融政策にしても責任を持たなければいけないのは政府だ」と指摘し、「日銀は金融政策についてベストな手段を考えてくれる場所だと認識している」と話した。

2%の物価安定目標をめぐっては「日本経済はぎりぎりのところにあると思う。コストプッシュ型のインフレを放置し、デフレでなくなったと安心するのは早く、賃金上昇が主導して需要が増え、緩やかにモノの値段が上がり、企業ももうかるというデマンドプル(需要主導)型インフレがベストだ」とし、「そういう状況ができるまで日銀と密にコミュニケーションをとっていく」とする意向を示した。2013年に、政府と日銀がデフレ脱却と持続的な経済成長の実現に向けて表明した政策協定=アコードについては、「今の状態でベストなのかどうかしっかり考えていきたい」と述べた。

財政拡張への思惑

高市氏の勝利を受け、週明けの東京市場は、「積極財政」路線が意識され、景気刺激策への期待が支援材料となって株高が進むとの観測が強まっている。6日の日経平均株価は、3日につけた4万5769円の最高値を上回って上昇する可能性がある。

財政拡張的な政策がとられるとの見方の広がりとともに、日銀の早期利上げ観測は後退し、円相場は下落圧力が強まりそうだ。市場関係者の間では、1ドル=150円近くまで円安・ドル高が進むシナリオも意識されている。

高市氏は「経済・金融政策の方向性を決める責任は政府がもつ」との考えを示した。日銀の10月会合での利上げへの思惑から上昇してきた中長期金利が低下に転じるとの声が出ている一方で、償還までの期間が10年を超える超長期債は財政悪化懸念から海外勢を中心に売りが強まって、超長期ゾーンでは利回りが上がる可能性も指摘される。

株価は上げ基調を強め、円は下落する展開となるのか。その場合、動きは一時的なものにとどまるのか。「高市トレード」の動向に高い関心が寄せられている。
(フジテレビ解説副委員長 智田裕一)

智田裕一
智田裕一

金融、予算、税制…さまざまな経済事象や政策について、できるだけコンパクトに
わかりやすく伝えられればと思っています。
暮らしにかかわる「お金」の動きや制度について、FPの視点を生かした「読み解き」が
できればと考えています。
フジテレビ解説副委員長。1966年千葉県生まれ。東京大学文学部卒業。同大学新聞研究所教育部修了
フジテレビ入社後、アナウンス室、NY支局勤務、経済部にて兜・日銀キャップ、財務省・内閣府担当、財務金融キャップ、経済部長を経て、現職。
CFP(サーティファイド ファイナンシャル プランナー)、1級ファイナンシャル・プランニング技能士、農水省政策評価第三者委員会委員