トランプ2次政権で大きな外交問題にもなっている合成麻薬フェンタニルは、脳などの中枢神経系を抑制する薬で、がんの緩和治療や手術時に使われる強力な薬物だ。アメリカでは違法に作られたものが売買され、過剰摂取による死亡が相次ぎ社会問題となっている。

米麻薬取締局によるとフェンタニルはヘロインの50倍、モルヒネの100倍の鎮痛作用をもち、米疾病対策センターの統計では、2015年以降死者数が急増し、2021年から2023年には毎年7万人以上が過剰摂取で死亡している。そして今、フェンタニルの50倍もの強さをもつ新たな合成麻薬「ニタゼン」が、アメリカで脅威となりつつある。
「フェンタニルの次となる薬物」
ニタゼンを取り締まる法案が8月、米下院に提出された。ユージーン・ビンドマン下院議員はSNSで「フェンタニルの次となるニタゼンは安価で製造でき、簡単に密売でき、これによりアメリカ中の家族が崩壊する」と訴えた。

合成麻薬ニタゼンは種類によってはフェンタニルよりも致死率の高い薬物だ。1950年代に鎮痛剤の候補として初めて合成されたが、危険すぎることから医療用として承認されることはなかった。
2019年にヨーロッパの薬物市場に登場し、現在32種類が確認されている。米州機構によると、最も一般的なニタゼンはモルヒネの最大900倍、さらに強力なものでは4300倍の鎮痛作用をもつという。
ウォールストリート・ジャーナルは2025年1月までの1年半でニタゼンに関連した過剰摂取で少なくとも400人がイギリスで死亡したと報じている。そして、その脅威はアメリカでも広がっている。

米食品医薬品局によると、2021年に薬物の過剰摂取による死者のおよそ5%がニタゼンによるものだった。現地メディアによるとペンシルベニア州では2023年に45人が、テキサス州では2025年前半に20代男性2人がニタゼンの摂取により死亡。2人は飲んだ錠剤にニタゼンが含まれていることを知らなかったという。
フェンタニルと同様に高揚感や不安障害を軽減する目的でニタゼンを摂取する人もいる一方、ニタゼンが含まれていることを知らずに摂取し死亡するケースもあるのだ。
専門家「規制はモグラたたきに過ぎない」
国連薬物・犯罪事務所のブライス・パルド氏は「薬物使用者も、売人も彼らが何を摂取・販売しているのかわからなくなっている。新たな薬物が本物そっくりの錠剤に混入されることで、問題は悪化する一方だ」と話す。
パルド氏は、北米と中国でフェンタニルに対する規制が強化されたことで、代わりとなるニタゼンの使用が増えていると指摘している。

ジョンズ・ホプキンス大学のクリスティン・シュナイダー准教授は政府の規制は「モグラたたきに過ぎない」と嘆く。「フェンタニルもそうだが、特定の薬物を違法化しても、さらに危険な新しい薬物が出てくるだけだ」と話す。
製造業者は、医療目的で研究されたが開発が見送られた化合物の文献などを参考にしながら、規制されていない合成麻薬に目をつけ、こうした化合物の分子構造を微調整して新薬を開発しているという。
日本にもリスクが
パルド氏は「規制対象外の新薬を開発するのは簡単だ」と述べ、こういった化学物質が合法的な商業ルート、郵便、さらには飛行機や船の貨物輸送を通じて世界に広がり、問題がグローバル化していると話す。

パルド氏は「日本の合成麻薬の市場は大きくないため、ニタゼンが流入する危険性は高くない」としながらも、「新興市場などにおいて、ニタゼンが大麻類似製品や錠剤に圧縮されてMDMAとして販売されるケースが確認されている。日本もリスクにさらされる可能性はある」と警鐘を鳴らした。
トランプ政権も本腰の薬物問題 背景には貧困
フェンタニルなどの合成麻薬はメキシコの麻薬カルテル「シナロア・カルテル」などが供給ネットワークの中心とされ、これらのカルテルは中国の化学メーカーからフェンタニルの原材料の供給を受けているとされる。
米麻薬取締局は、ニタゼンが中国を拠点とする業者によって販売されていることから、メキシコの麻薬カルテルが中国との既存のネットワークを利用してアメリカにニタゼンを流入させる可能性を指摘。トランプ政権は、麻薬を積んだベネズエラの船を空爆するなど対策を強化している。

取り締まりが強化される一方で、シュナイダー准教授は、「貧困と低迷する経済が薬物問題の大きな要因だ」とし、貧困対策や公衆衛生などへの投資が重要だと訴える。
ウェストバージニア州やケンタッキー州などのアパラチア山脈地域は、合成麻薬の蔓延がとても深刻な貧困地域としても知られる。
その理由について准教授は「長時間の肉体労働による身体的苦痛のほか、精神疾患やトラウマなど精神的苦痛を和らげるために薬物を利用している」と指摘する。多くの薬物乱用者は子どもの頃に有害な経験をしているとされている。

アメリカでは、ニタゼンやフェンタニルが含まれる錠剤は路上でたった1ドル(約147円)やそれ以下で購入でき、准教授は「乱用者が貧困層であることから、価格が手頃に設定されている」と話す。

人を破壊する薬物問題の解決には、薬物そのものの規制に加え、世代を超えて続く貧困や、子どもを取り巻く環境など、社会の根本的な問題にも取り組む必要がある。