ニューヨークの国連総会で26日、異様な光景が出現した。イスラエルのネタニヤフ首相が演壇にのぼると、アラブ諸国やグローバルサウスの代表団が次々と退席し、会場には空席が目立った。

続々と退席するアラブ諸国やグローバルサウスの代表団
続々と退席するアラブ諸国やグローバルサウスの代表団
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国連の場でこれほど大規模な退席劇が展開されるのは稀であり、イスラエルの外交的孤立を視覚的に浮かび上がらせるものとなった。ネタニヤフ首相はそれにも臆せず、「パレスチナ国家の承認は“狂気の沙汰”だ(sheer madness)」、そしてガザでの作戦は「やり遂げる(finish the job)」と強硬な路線を改めなかった。

国連総会で演説したイスラエルのネタニヤフ首相(ニューヨーク・26日)
国連総会で演説したイスラエルのネタニヤフ首相(ニューヨーク・26日)

これに対して欧州主要紙は厳しい論調を示した。仏ル・モンド紙電子版27日は「国連で孤立するネタニヤフ、国際社会に挑戦)」と見出しを打ち、演説をイスラエルの外交的孤立の象徴と報じた。また、英「ガーディアン」(電子版)も27日、「国際的孤立が深まっても、イスラエル指導部にとってはアヒルの羽に落ちる水のように、痛くもかゆくもないのか?」と批判した。

「イスラエルは古代アテネであり超スパルタになる」

実は、こうしたネタニヤフ首相の強硬姿勢の背景には、首相が歴史を独自に解釈した信念がある。ネタニヤフ首相は9月15日にエルサレムで開かれた財務省会計総長会議でこう語っていた。

「イスラエルは(古代)アテネであり、スパルタだ。だがこれからはアテネであり“超スパルタ(Super-Sparta)”になる」(Accountant General’s Conference, Sep 15 2025)。

古代ギリシャで民主制と文化を象徴したアテネと、軍事力と規律を体現したスパルタ。その両者を併せ持つ存在としてイスラエルを描き、「民主的で革新的な国家」であると同時に、「常に戦備を整え、自立して防衛できる軍事国家」であることを目指すとしたのである。国連で見せた「孤立を恐れない」態度は、この「アテネと超スパルタ」の思想に裏打ちされた発言だったとみられる。

しかし、仏のル・モンド紙(電子版)は26日の論説で「この孤立はガザ戦争を無目的に続けることの代償だ」と指摘し、ネタニヤフ首相が掲げる「アテネと超スパルタ」構想を“oxymoron(矛盾した言葉)”と評した。 

一方、イスラエル国内の反応は一様ではない。右派層は「国際的孤立を跳ね返す覚悟」と評価したが、イスラエルの有力紙ハアレツ(電子版)は16日、論評記事でこう論じた。
 

「スパルタの末路は悲惨だった――イスラエルも同じ道をたどるだろう」

記事は、ボイコットや禁輸が拡大するなか、ネタニヤフ首相がイスラエルを軍事化された自給自足国にすべきだと語る構想を「失敗する運命にある」と批判し、スパルタの歴史を引き合いに出す。

“軍事力のみを基盤とした国家”の末路は…

スパルタはペルシア戦争でギリシャ勝利を主導し、内戦ではアテネを破り、紀元前4世紀初頭には地域覇権国家となった。ここまではスパルタにとって順風満帆だった――そして、ある意味ではイスラエルも同じ軌跡をたどっているとも言える。だが、国力は小さく、ヘロット(農奴)の反乱鎮圧に資源を費やし続けた結果、スパルタはやがてマケドニアやローマに従属し、歴史から姿を消した。

「その後スパルタは、好奇心旺盛なローマ人観光客の目的地として長らく残っただけだった。――果たして、それが我々の望む行き先なのだろうか」と論評記事は結ぶ。軍事力のみを基盤とした国家が長期的に繁栄した例はない――これが歴史の教訓であることをスパルタは示した。

ガザに向けて砲撃するイスラエル軍(イスラエル南部・28日)
ガザに向けて砲撃するイスラエル軍(イスラエル南部・28日)

ネタニヤフ首相の「孤立を恐れない」という姿勢と「アテネ+超スパルタ」構想は一見力強く響くが、国連での退席劇や欧州主要紙の厳しい論評が示すのは、その構想がイスラエルを真に強くするのか、それとも逆に孤立と硬直化を招くのかという歴史的な問いである。それにスパルタの末路を思い起こす論者も少なくない。
(執筆:ジャーナリスト 木村太郎)

木村太郎
木村太郎

理屈は後から考える。それは、やはり民主主義とは思惟の多様性だと思うからです。考え方はいっぱいあった方がいい。違う見方を提示する役割、それが僕がやってきたことで、まだまだ世の中には必要なことなんじゃないかとは思っています。
アメリカ合衆国カリフォルニア州バークレー出身。慶応義塾大学法学部卒業。
NHK記者を経験した後、フリージャーナリストに転身。フジテレビ系ニュース番組「ニュースJAPAN」や「FNNスーパーニュース」のコメンテーターを経て、現在は、フジテレビ系「Mr.サンデー」のコメンテーターを務める。