学校に行けない、行かない子どもが全国で増え続けている。2023年、不登校の児童生徒数は34万人を超え、過去最多となった。こうした中、不登校を経験した人が同じ悩みを抱える人へのメッセージを動画に込めるコンテストが開かれた。このコンテストに出品した新潟県長岡市のフリースクールに通う中学3年生に動画に込めた思いを取材した。
同じ悩みを抱える人へメッセージ伝える『不登校生動画甲子園』
新潟県長岡市にあるフリースクール『あうるの森』。
6月18日、様々な理由で不登校になった生徒が通うフリースクール・あうるの森に集まったのは、『不登校生動画甲子園』への参加を決めた生徒たちだ。

動画投稿アプリTikTokが2年前から主催する『不登校生動画甲子園』。
年々増加傾向にある不登校生の支援を目的に、実際に不登校を経験した人が同じ悩みを抱える人へのメッセージを動画に込めるものだ。
あうるの森の山田竹紘代表は「不登校だと何か大きな大会に参加するという経験がない。物事に向かって全力で頑張ってみる経験は大事」と話し、23年の初回大会から生徒の参加をサポートしてきた。そして、あうるの森は23年に最優秀賞、24年も2人が入賞するなど輝かしい成績を収めている。
環境になじめず不登校も…趣味通じた“出会い”から“夢”見つかる
25年のテーマは『不登校で見つけたこと』。
中学校に進学し、勉強や人間関係など環境の変化になじめず不登校になった中学3年のLちゃんは「自分の知らない世界に行ってみたいという思いから、留学に行きたいという動画を作りたい」と話す。

漠然と過ぎてゆく日々の中で、趣味のコスプレを通じてできた“ある出会い”が彼女の心を動かしたという。
「海外のコスプレイヤーの友達ができて。グーグル翻訳ばかりだと伝えたいことが硬くなってしまうから、自分で言語を学んで、直接その子に伝えてあげたいと思った」と、にこやかにその出会いについて話した。
それから週に1度、家庭教師とともに英語を学び、やがて夢は“留学”へと広がっていったという。
動画に込めるのは“不登校でも夢を見つけて努力を続けることが大切”という自らの経験で感じた思いだ。
容姿への心ない言葉から不登校に…「逃げ道つくる大切さ伝えたい」
一方、教室では、自分自身の心の痛みを正直に話す生徒の姿もあった。
「私は今までやられたこと、悪口を言われたこと、名前だって覚えているし、顔だって覚えているので、一生忘れないと思う」

こう話すのは、小学4年生のとき、容姿に対する心ない言葉を浴びたことで不登校になったヒナちゃん。
「よく絵を描いてイライラとか不安を和らげていたので、逃げ道をつくると楽になるということを伝えたい」
こう話す背景には、不安や怒りで押しつぶされそうな心が、大好きな絵を描く時間によって救われた経験がある。
同じ悩みを抱える人にも“逃げ道をつくる大切さに気付いてほしい”そんな思いを動画に込めることを決めた。
生徒同士助け合いながら動画撮影
それから1週間ほどが経った6月27日。この日は、生徒たちがそれぞれの動画の構想をもとに、長岡市の越後丘陵公園で撮影を行うことになった。

鮮やかなアジサイが所狭しと咲く園内を歩きながら、生徒たちは心が動いた瞬間を逃すまいとカメラを回していく。
基本的に動画制作は、個人で取り組んでいるが、“良い作品にしたい”という気持ちが自然と生徒たちの助け合いの輪を広げていく。
同じ痛みを知るからこそ、素直に意見を出し合える貴重な仲間の存在。生徒たちは動画制作を通じて仲間と関わり、社会性も育んでいた。
過去の痛み・心を守った経験を動画に…ヒナちゃんの作品が完成
7月16日、動画制作は佳境にさしかかっていた。
それぞれがスマホの画面と向き合って編集作業を進める中、一足先に完成を迎えたのがヒナちゃんだ。

「多くはなくてもいいけど、動画が刺さる人に刺さってほしい」と、動画制作を無事に終えて安堵の表情を見せた。
動画:
私はブスなんだ。目、鼻、口劣っている気がした
動画の冒頭から、人に傷つけられ、自分をも責めた過去の痛みを正面から描いた。動画に登場する絡み合ったピンクと黒の毛糸は、モヤモヤした心境を表している。
また、ガラスの破片と化した鏡は、あうるの森で割ったもので、大変だったからこそお気に入りのシーンだという。

そして、その出口をついに絵の中に見出す。
動画:
そんなイライラを絵にぶつけた。絵はどん底の私を救ってくれた
何度も繰り返し絵を描いて心を守った経験を、実際にイラストを描く映像と重ね合わせて表現した。
動画のラストでは、今苦しんでいる誰かに「逃げて幸せになっていい」とヒナちゃん自身の声でそっと語りかけ、遠くへ走り出す後ろ姿が映し出された。

「逃げ道をつくると、心の拠り所ができるから、少しでも幸せを感じられたらいい。逃げ道も最初は逃げ道かもしれないけれど、いずれ自分の人生になっていくから、それを貫いていい」
不登校になった当時、将来を考えて不安になったことは数知れないが、不登校でも自分で勉強はできること、フリースクールで好きなことを追及しながら人生を楽しめることは、彼女自身が証明している。
自分の可能性を信じるLちゃん「続けていれば必ずいいことがある」
一方で、文字の色やフォントを細かく変えるなど、編集作業に真剣な表情で向き合っていたLちゃん。

細部にまでこだわって完成させた動画では、夢を見つけた喜びと未来への希望が鮮やかな外の景色とともに描かれた。
動画:
見る世界が変わって友達の大切さ、勉強の楽しさを知った
学校に行けない期間が続いた中で出会ったフリースクールという新たな環境。そこで自分自身を見つめ直して芽生えた留学の夢。

動画:
この先何が起こるか分からないけれど、恐れず未来に向かって走って行きたい
他者が撮った自分ではなく、Lちゃん目線の映像が多いのは、ふだん自分が見ている世界をみんなに見てもらうため。光に向かって伸ばした手には、自分の可能性を信じるまっすぐな思いが込められていた。

「何でもいいから、何かを続けていれば必ずいいことがあるから、小さなことでも続けてほしい。留学はハードルが高いけれど、自分ならそれを乗り越えられると信じて勉強したい」
こう話すLちゃんの表情は、自信と希望に満ちあふれていた。
動画制作を通して、不登校だった時間を誰かの背中を押す言葉に変えた生徒たち。あの頃の自分を乗り越えられるように、生徒たちは一歩ずつ、着実にその歩みを進めていた。
大会の結果は・・・ヒナちゃんの作品が最優秀作品賞に!
不登校生動画甲子園の投稿締め切りから1カ月弱が経った8月24日。
横浜市で行われた表彰式には、全国から寄せられた400を超える応募総数の中から、最終選考に残った8人が参加していた。その中には、あうるの森に通う中学3年のヒナちゃんの姿も。
各賞の受賞者が次々と発表される中、スクリーンに映し出された“最優秀作品賞”の文字。次の瞬間、名前を呼ばれたのはヒナちゃんだった。

「今もつらい人がたくさんいます。私はこの気持ちをどうしても伝えたかった。逃げて幸せになっていいんだよ」
ステージに上がり、緊張した様子で、自分の言葉で精一杯思いを伝えたヒナちゃん。
「来年は高校生になるから、今年で最後にしようと思っていて。最優秀作品賞をとれて本当にうれしかった。授賞式で私の作品を見て救われたという女の子がいて、うれしくて涙が出そうになった」
中学1年生の頃から3年連続で受賞を果たし、動画の中心人物として活躍してきたヒナちゃん。

1年目にも最優秀作品賞を受賞し、最後の挑戦と意気込んだ今年は過去の痛みを真正面から伝えることに決め、「逃げ道をつくっていい」を主題に動画制作に励んだ。
ひたむきな努力が実を結んだ今回の受賞に、山田代表も「コンプレックスや本当に悩んでいることを外に出すのは、大人でも勇気がいること。悩みを表現できるのは成長だと感じている」と話す。
挑戦を続けてきたヒナちゃんに“新たな夢”も
飾らない等身大の自分を映した動画が多くの人の心に届いた3回目の挑戦。その経験は彼女の自信につながり、新たな夢が芽生えていた。

「動画が色んな人に届いて、私の一言で救われたとか言ってくれて本当にうれしかったから…動画を作る職業に就きたい」
途中、涙ぐみながらも、真っすぐな視線を向けて夢を語ったヒナちゃん。
過去に心ない言葉を浴びせられたこと、いじめられたことは、どれもいい経験とは言えない。
しかし、あの経験があったからこそ、人には同じことをしないようにしようと思えた。さらには、逃げ道を作ることで幸せになれることにも気付けたのだ。

不登校生動画甲子園を通して、痛みや過去を少しずつ肯定できるようになったヒナちゃん。あの日選んだ逃げ道は今、多くの人の道しるべになっている。
(NST新潟総合テレビ)