将来はパラリンピックに出場する
今治特別支援学校高等部2年・木村倖彩選手:
「将来はパラリンピックに出場することです」
今治特別支援学校高等部に通う2年生・木村倖彩選手。
8月に知的障がいを持つアスリートが対象の世界選手権に日本代表として初めて出場した。
6月に行われた水泳世界選手権の選考会では、200mバタフライで大会派遣記録を突破する好タイムを出し初めて、代表の座をつかんだ。

パラ水泳に転向 飛躍を遂げていく
木村選手:
「派遣記録が切れて安心したのと、日本代表に選ばれてうれしくビックリしました」
水泳を始めたのは3歳。小学4年生の時に知的障がいを伴う発達障がいと診断され、パラ水泳に転向。
才能が花開き、小学6年の時に、当時最年少で日本知的障害者水泳連盟の育成選手に指定され、中学1年には日本選手権の200m自由形で優勝するなど躍進。

夢はパラリンピック出場
木村選手:
「目標は日本パラリンピックで優勝して日本新記録をとること。夢はパラリンピック出場です」
早くから世界を見据え練習をしてきた木村選手だが、そこで立ちはだかったのが「地方からの挑戦」。県外での強化練習などで負担が増えたことから、一時は引退を決め、まったく泳がなかった時期もあった。
木村選手:
「悲しかった。水泳が好きだから」

コーチとの出会い
その状況を大きく変えたのがコーチとの出会い。1年ほど前に今治市内で障がいのある子ども達をサポートする事業をしている川又邦彦コーチと出会い、二人三脚での挑戦が始まった。
放課後等デイサービスすばる代表・川又邦彦コーチ:
「障がいを持っていても水泳に対する熱意があったのと、頑張っている姿を見て(指導から離れていたが)もう1回教えようと思いました」
練習の拠点がないため、今治だけでなく県内の様々なプールを利用して、週に6日、1日に6000mほど泳ぎ込む。
川又コーチ:
「初めに比べたら自分の力を信じて、大会でも力強く泳げるようになったと思います。練習のメニューを聞いて出来ないと思ったら「無理」と言って泳がなかったり、泣きながら泳いでいました」

障がいの特性から練習に前向きに取り組めない時期も
障がいの特性から練習に前向きに取り組めない時期もあったが、時には練習をやめて話し合うなど、忍耐強くコミュニケーションを図ってきた。
木村選手:
「川又コーチは怒ると怖いですが、絶対にタイムが出ると自信を持たせてくれます」
「パラリンピック出場」が目標の木村選手に聞いた。
木村選手:
「(Q.速く泳ぐために頑張っていることは?)体重が少し増えるだけで体が動かなくなるので、甘いものやお菓子を控えたり、朝と練習前後にはかならず体重を測って、記録しています。疲れをためないために早寝早起きをしています」

あきらめた夢に向かって大きく前進
一度はあきらめた夢に向かって今年、大きく前進した木村選手。
先月には、優秀な成績を残したパラアスリートとして、県が新たに創設した制度の「未来アスリート部門」にも選ばれた。
木村選手:
「コーチにたくさんメダルを見せたいです」
「(Q.何色のメダルがほしいですか?)金色」

叶わない夢はない
練習の際の送迎など、家族や周りのサポートを受け、才能を伸ばしてきた。
「叶わない夢はない」。
木村選手は自分を信じて世界の大舞台に挑む。
