イギリスのYMS(Youth Mobility Scheme)、ワーキングホリデービザが2024年からは従来の4倍の6000人まで拡大されたこともあり、ロンドンで働く日本人の若者が増えてきているようだ。
そんな中、最近よく耳にするフレーズが「ロンドンで、スマホ強奪」。
日本の常識で携帯を使っていると、いいカモにされるので要注意である。
ロンドンで年間7万台のスマホが被害に
ネット上のショート動画などには、歩道を歩いている人の背後から電動自転車などで忍び寄り、あっという間に持ち去る映像などもアップされている。

2024年にはロンドンだけで7万台以上のスマートフォンが盗難被害にあっている。
そんなこともあり、筆者は外でスマホを見るときには、かなり注意をするようにしていた。しかし、その私にも事件は起こったのである。
助手席のドアがいきなり
2025年8月の、ある平日の夕方、私は同僚の送別会のホームパーティをするべく自分の運転する車で、郊外の格安大手スーパーへと出かけた。
スーパー地下の駐車場に車を停め、大量の買い物を終えて駐車場に戻った。その時、駐車場から出ようとしていたのに、なぜかバックで元の場所に戻ったシルバーの車が目の端に映ったが、特に気に留めることもなかった。

買った荷物を後ろのシートに置き、運転席へ乗り込んだ。そして、財布や携帯などの入った肩掛けカバンを助手席に置いてからシートベルトをした瞬間、助手席のドアがいきなり開き、男がカバンに手をかけたのである。駐車場のスタッフが何か用かな?と一瞬思い、中東系のような顔をした男と目が合った。1秒、いや0.5秒か。
男は眼鏡をかけていて、軍手のような手袋をしていた。バックを取られた直後、ドアが閉まった瞬間に我に返った。「カバンの強奪だ!」
運転席から飛び出て男を追おうとした時、先ほどのシルバーの車が猛スピード駐車場から飛び出していった。2人組だったのだろう。
周囲に一瞬目を走らせると、家族連れが「なにかあったのだろうか」とこちらを見ている。とりあえず、追跡しようと自分の車で追ってみたが駐車場から先、どちらに曲がったのかもわからず、周囲を一周してから駐車場に戻ってきた。
電話番号がわからない…
人の好さそうな、中東系の顔立ちをしたガードマンが来たので、状況を簡単に説明し、スーパーマーケットの電話を貸してくれるようにお願いした。
その時気づいた。自分の会社の電話番号も、仕事、友人の携帯番号も、すべて奪われたカバンの中にあったスマホに登録してあったのだ。
しばらく呆然としたあとでガードマンに、自分の会社の名前を言って番号検索をお願いし、スーパーマーケットの電話を借り、同僚に連絡。さらに警察にも電話して状況を説明したところ、CCTVカメラ(※防犯カメラ)の映像の存在について聞かれた。
「そうか、もしかしたら映像が残っているかも」と思い、スーパーのスタッフに聞くと「このスーパーの駐車場にはCCTVカメラはないです」とのこと。
今のロンドンにそんな駐車場があるのか?と思ったがどうしようもない。
警察が現場に来ることもなく、電話で自分のメアドを教えて、事件登録番号をもらってから自宅に戻るしかなかった。
奪われたスマホの行方
その後、会社から私のPCを持って自宅に駆け付けてくれたスタッフと一緒に携帯の場所をネット上で追跡。捨てられたと思われるロンドン郊外の現場に向かった。

周辺は、おそらく昼の時間帯は工事現場のようだが、すでに人通りはほとんどなかった。
心理的な動揺からか、ところどころにいる数人の男たちが、先ほどの犯人の知り合いのような気がしてきた。長居はできないと判断し、発見をあきらめて遠隔操作ですべての機能を無効化した。

後日、善意で拾ってくれた人と連絡が付き、携帯は戻ってきたが、ガラスも砕けてほぼ使用不可の状況であった。
油断大敵
あとで考えると、最近の車の多くは、走り出した後に時速15~20㎞くらいで自動的にロックされるので、昔と違い自分でドアロックすることは稀である。
シートベルトを締めた瞬間は、ドライバーが一番身動きしにくく、助手席側からモノを取るのには絶好のタイミングだったのだ。そして、逃亡車のナンバープレートの番号すら覚えていない自分のパニックぶりを再認識することになった。

20年ほど前に、数年間特派員としてロンドンに赴任した時にも、日本人がロンドンで連続して襲われた事件を取材したことがあった。だが、私自身は一度もスリや強奪にも遭わなかった。
また、イラク、ヨルダン、イスラエル、カタールなど比較的治安の心配があった国での取材でも、大きなトラブルをかわせてきたという自信、慢心がもしかしたらあったのかもしれない。
周囲からは、最近犯人側はナイフを持っていることも多く、下手に抵抗して刺されたりしなくてよかったというアドバイスも頂いた。
また、奪われたカバンには、たまたまクレジットカードなどが1枚も入っていなかったために心理的なダメージは早々に回復することができた。
今のロンドンの危機は、思ったより身近なところに潜んでいるのだ。
【執筆:加納 正】