鹿児島県枕崎市といえば真っ先に思いつくのが「カツオ」ではないか。でも実は「アートの街」としての顔もあるのをご存じだろうか。そこには、課題に直面しながらも、「カツオのまち枕崎からアートの風を吹かせたい」と、見る人や制作者を巻き込んだ長年の取り組みがあった。

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船のイカリをイメージした木造の美術館

鹿児島県薩摩半島最南端のまち、枕崎市。その小高い丘の上に建つ枕崎市文化資料センター南溟館(なんめいかん)は、1988年に開館した美術館だ。南溟館の“南溟”には、「南に広がる大海原」という意味がある。建物自体が船のいかりをイメージしていて、ユニークな形をした木造の建築物だ。

枕崎市文化資料センター南溟館(鹿児島県枕崎市山手町175)
枕崎市文化資料センター南溟館(鹿児島県枕崎市山手町175)

展示法にも細部まで心配りがある芸術展

2025年5月、南溟館では、枕崎市の主催で3年に一度開かれている、現代アートの国際コンクール「枕崎国際芸術賞展」の準備が進んでいた。審査を取り仕切るのも市の職員。会場には、番号を振られた絵画やオブジェが多数並んでいて、芸術の世界に精通した4人の審査員が一つ一つの作品に目を凝らし、チェックシートに書き込む姿があった。

審査員の一人、画家で東京芸術大学名誉教授の保科豊巳さんが「展示の時にコンセプトを貼った方がいい」と厳しく指摘するシーンも。作品の並べ方一つにも「こまやかな心配りを」と、芸術展に関わるメンバーの本気度が伝わってくる場面だった。

公募作品を4人の審査員が厳しく審査する
公募作品を4人の審査員が厳しく審査する

街中にコンクール受賞作品を100点展示

日本有数の水揚げ量を誇り、カツオの街として知られる枕崎市。かつお節の生産量は日本一だ。周囲に漂うかつお節の香りを感じながら、町を歩いてみた。
枕崎港から市街地方向へ向かう通りには、交差点の歩道に設置された石製の台座があり、銀色のオブジェが据えてある。タイトルは「家族」。なるほど、3つあるしずく型が人の頭で、3人で手を取り合う仲の良い家族のように見える。
このほかにも枕崎では、石でできた鳥や魚、野菜が積み重なった像、2つのリングがゆっくり回転する街灯ほどの高さのモニュメントなど、立体作品をあちこちで目にすることができる。
実はこれらは一つ一つ、市が開催したコンクールの受賞作品。街中に、合わせて100の作品が飾られていて、すっかり景観に溶け込んでいる。

カツオの街とアートを結んだのは元市長

カツオのまち枕崎と、アート。この組み合わせは、ちょっと意外に感じるかもしれない。
9年前から文化芸術関連の業務に携わる、枕崎市文化資料センター南溟館の中嶋章浩館長にそのルーツを聞いてみた。「本人と直接話したことはありませんが、1978年から3期12年、市政の舵取りをした田代清英元市長が芸術家肌で、作品も作っていたと聞いています」。と教えてくれた。
枕崎駅の出口近くの広場には、頭にかごを乗せ小さな子どもの手を引く女性と、てんびんを持ってしゃがんでいる女性の彫刻作品「かつお節行商の像」がある。これは、田代さんの作品をもとに作られたもので、元市長が芸術への造詣が深かったことをうかがわせる。
田代元市長は「文化活動の拠点が欲しい」という市民の声に応え、南溟館のオープンに尽力した。

枕崎駅前広場にある「かつお節行商の像」は田代元市長の作品をもとに作られた
枕崎駅前広場にある「かつお節行商の像」は田代元市長の作品をもとに作られた

オープン当初からの公募展を国際色豊かに刷新

その南溟館で、オープン当初に始まったのが「風の芸術展」だ。
「枕崎から全国へ文化を発信する」。そんな思いで続けた公募展は、1989年から2013年まで開かれたが、作品出品数は1995年の900点あまりをピークに減り続け、2013年にはおよそ300点にまで減少した。
そこで2016年、国際色を強めた現在の「枕崎国際芸術賞展」にリニューアルした。すると、作品数も900点前後と増えたという。

その後、全国屈指の規模の公募展として、「美術界の登竜門」と呼ばれる存在に成長、2025年は、国内外から834点の作品が寄せられた。

2016年に国際色を強める形にリニューアル、全国屈指の公募展に成長
2016年に国際色を強める形にリニューアル、全国屈指の公募展に成長

地元開催のコンクールへの参加には魅力が

これらの作品の中には、地元枕崎で生まれたものもある。
入選作品「異質な他者どうしの化学反応」を制作した、上木原健二さんを訪ねた。
青々した葉が茂る畑で、黙々とオクラを収穫していた上木原さん。畑作業を終えて向かったのは、民家を丸々一棟、制作のために使っているというアトリエだ。

中に立てかけてあった絵を見せてもらった。絵のタイトルは「我々はどこから来て どこへ行くのか」。
葉っぱのような緑の背景で、シュー生地を油で揚げたドーナツ、フレンチクルーラーとコンセントが一見無造作に置いてある。そして、コンセントから魚のような人間のような未完成な雰囲気の赤い生き物たちが出てきて、フレンチクルーラーの方に向かう様子が描かれていた。
具体的なテーマは設けず、心の奥底に見えた風景を描くのが上木原さんのスタイルだ。

タイトル「我々はどこから来て どこへ行くのか」
タイトル「我々はどこから来て どこへ行くのか」

上木原さんは枕崎市の隣にある旧頴娃町(現在は南九州市の一部)の出身で、25歳の時に独学で絵を描き始めた。枕崎で経営していた美容室を2021年に閉じ、芸術と農業で生きることを決意したという。

経営していた美容室を閉じ、芸術と農業で生きることを決意
経営していた美容室を閉じ、芸術と農業で生きることを決意

上木原さん自身、数々の公募展に出展しているが、地元開催のコンクールには違う魅力があると言う。「今回もそんなに親しくしていないおばちゃんから電話がかかってきて、『おめでとう、おめでとう』って。そんなにしゃべらない人も言ってくれたり。他のコンクールとは、ちょっと違いますよね」上木原さんは、屈託のない笑顔で語った。

地元開催のコンクールならではの魅力があると語る上木原さん
地元開催のコンクールならではの魅力があると語る上木原さん

枕崎国際芸術賞展開幕、受賞者が枕崎に集結

7月21日、第4回枕崎国際芸術賞展が始まり、ほとんどが県外からという受賞者が枕崎に集まった。会場では、参加した作家同士、制作の意図などについて会話する姿も見られた。

自画像を描き入選を果たした油画家イアンさんが、自身を彫刻作品にした末次健二(福岡)さんに質問していた。末次さんは、今回、「子供たちのためにうさぎの着ぐるみを着る父親のパペット」という作品で準大賞を受賞。作品では、末次さんの姿をしたパペットが、ピンクのウサギの着ぐるみの胴体部分を着ている。ウサギの顔の部分は外して横に置いてあり、頭に白いタオルを巻いたパペットの末次さんが、何か言いたげな表情で腕組みをしている。
「普段は着ぐるみを着て仕事してるわけではないですから、物語的に置き換えた自画像みたいなこと?」イアンさんが、手をマイクに見立ててインタビューするようなしぐさをしたため、末次さんは思わず吹き出し、「そうとも言えるかなあ」と、打ち解けた様子で答えていた。

まるでインタビューの様なイアンさんの質問に笑顔で答える末次さん
まるでインタビューの様なイアンさんの質問に笑顔で答える末次さん

また、会場にいた小学校低学年ぐらいの女児2人組に、好きな作品があったか尋ねてみると、「ポテトチップス~~!!」声を揃え、即答で返ってきた。2人が注目した作品は、ギザギザの黄色っぽい丸いプレートが、確かにポテトチップスにも見えておいしそう。付き添いの保護者も「子どもも、こういう目で作品を見るんだって、こっちも新しい発見になりました」と、うれしい気づきになったようだ。

お気に入り作品を前にはにかむ仲良し2人組
お気に入り作品を前にはにかむ仲良し2人組
確かにポテトチップスの様にも
確かにポテトチップスの様にも

長年続いてきたからこその課題に直面

長年、文化の拠点であり続けてきた南溟館だが、中嶋館長は直面している課題を打ち明ける。
「施設を運営していく中で一番大変なのが、やっぱり経費。運営経費ということになりますね。小さな街がやっていくのは、本当に大変なことなんですよね」。
実際に、この企画展の後には、屋根の大規模な改修工事も予定されていて、かかる費用は5000万円を超える見込みだという。
予算が切り詰められがちな芸術の取り組みだが、どう施設を維持していくかも今後の課題だ。
中嶋館長は「時代の流れとともに変わっていきますが、それをしっかりと受け止めながら続けていくというのは、大切なことだと思います」と、今後も維持していきたいとの思いを語った。

これからも「アートの風を、南から」

来場者でにぎわう南溟館の入り口にたたずむ作品、「枕崎 この地に生きる~大切な命~」。
様々な色の石で作った丸くきれいな球が、楕円形のテーブルのような大きな石の上にたくさん並んでいる。街中に設置されたもののうち、ちょうど100番目の作品で、2019年、市民たちが一緒に作りあげた。
上に乗っている球体は一人一人の心を、下の平たい石は船をイメージしていて、人々が船に乗り、未来に向かう様子が表現されているという。

街中に設置された100番目の作品は市民たちが一緒に作りあげた
街中に設置された100番目の作品は市民たちが一緒に作りあげた

中嶋館長は「これからたくさんの人に来ていただきたい。それを待ち望むところですね。枕崎を愛していただくということが我々一つの目的なので、これからも取り組みを一生懸命やっていきたいと考えています」。

アートの風を、南から。

多くの人を乗せた「枕崎」という「船」は、これからもイカリを下ろすことなく「南に広がる大海原」を突き進んで、輝く未来へと向かうのだろう。

第4回枕崎国際芸術賞展
2025年9月15日まで枕崎市文化資料センター南溟館で開催
(入館料)大人200円 高校生、大学生100円 中学生以下無料

鹿児島テレビ
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