25歳以下の平幕力士の躍動に沸いた大相撲名古屋場所。
優勝したのは「黄金世代」の元出世頭、琴勝峰。
新横綱・大の里ら新世代が台頭し、まさに群雄割拠となった角界で抜け出すのは誰なのか?
「逆境」をプラスに変えた初優勝 前頭十五枚目・琴勝峰

60年の長きにわたり、愛知県体育館(ドルフィンズアリーナ)で開催されてきた大相撲名古屋場所。今年から会場が変わり、名古屋城の北側にオープンした「IGアリーナ」で開催されることとなった。建築家・隈研吾氏が外観と内観の一部をデザインし、天井高30メートル、スポーツ観戦にもコンサート鑑賞にも適した最新鋭の施設である。

その記念すべき「こけら落とし」を祝うかのように、相撲界でも新横綱・大の里が誕生。4年ぶりに東西の横綱がそろった。
「新たな歴史」の始まりを迎えた名古屋場所。優勝したのは横綱でも、三役でもない平幕力士。前頭十五枚目の琴勝峰だった。
けがに泣かされ続けた「黄金世代」の元出世頭
千葉・柏市出身。3歳の時に相撲を始め、幼稚園の年中で地元の相撲クラブに入団。同じクラブの2学年上には部屋の兄弟子で大関・琴櫻がおり、埼玉栄高相撲部でも一緒に汗を流した間柄だ。そして、先輩の背中を追うように高校卒業後に佐渡ヶ嶽部屋に入門。190cmの恵まれた体格を生かし、20歳で新入幕を果たすなど、部屋では期待をかけられてきた。
ちなみに同世代には、横綱・豊昇龍をはじめ、昨年の春場所で新入幕優勝を果たした尊富士、埼玉栄高の同期でもある王鵬など関取経験者が10人おり、全員平成11年度(1999年)生まれから「花のイチイチ組」と呼ばれている。
その黄金世代の中でも琴勝峰は一番先に新入幕を果たすなど、世代を引っ張る存在だった。しかし、その後はけがが重なり2度の十両転落。その間にライバルたちに番付で追い抜かされていった。
優勝を果たしたあとの千秋楽パーティーで、当時の心境を聞いてみた。

琴勝峰:
けがとか、うまくいかないことが多かった。それでも腐らずにやってきたのがよかったのかなと。「腐ってもしょうがない」ということですかね。どんなに状況が悪くても上を向いてやるしかない。
数多の困難に立ち向かってきた琴勝峰は、いつしか「逆境に強い男」へと成長していた。
「逆境」から生まれた琴勝峰の新しい型
迎えた今場所。序盤の5日間は3勝2敗の成績だったが、6日目から怒涛(どとう)の10連勝。13日目には、新横綱・大の里を破り、初金星を獲得。14日目で単独首位に立つと、千秋楽では1差で追う安青錦との直接対決に「突き落とし」で勝利。13勝2敗の成績で初優勝を果たした。
そんな琴勝峰だが、今場所もある「逆境」に直面していた。
場所が始まる1週間ほど前に右太ももを肉離れ。先場所も同じ箇所を傷め、5日目まで休場していた。この「逆境」がプラスに作用する。中途半端な引きや無理な投げ技は、けがを悪化させる可能性があるため、立ち合いから「思いきり前に出る相撲」を選択。この戦い方が今場所好調の要因となった。
琴勝峰:
師匠からも「前に出るしかない」という言葉をもらっていたので、その通りにやった。立ち合いを鋭く鋭く、悩まずに思い切って立ち合いに集中する。あとは体が勝手に付いてきてくれたので、そういったところが良かった。
ーー場所前にけがしたことがプラスに?
琴勝峰:
今回はプラスになりました。
元横綱・稀勢の里の二所ノ関親方も琴勝峰の戦い方の変化を感じていた。

二所ノ関親方:
体圧がかなり上がっているので、それで相手が崩れていますね。大の里も立ち合いでのけぞってしまって、「あっ、ヤバい」と思って前に出たところを上手投げされた。優勝を決めた一番も安青錦を1発、2発突いてから、そこからのいなしなので、それに耐えきれずに手をついてしまう。全身のパワーを使っていく、「全盛期のハワイ勢」みたいな。“プッシュ、プッシュ”の相撲を久しぶりに見たような気がしますね。
恵まれた体格を武器に、立ち合いから圧力をかけるパワー相撲が今回の躍進につながったと分析。新たに型を変えた琴勝峰の今後に期待を寄せる。
二所ノ関親方:
もともとのポテンシャルが非常に高い力士ですから、これから少しずつ開花してくると上位定着、もっと上を目指せるような体のサイズはありますし、規格外のパワーもありますから、非常に楽しみですね。
どんな「逆境」にも負けない精神力とポテンシャルを活かしたパワー相撲で初めての賜杯を手にした琴勝峰。優勝で得た自信を胸に、覚醒した大器は新たな高みを目指す。
琴勝峰:
これを機にどんどん飛躍できるようにやっていきたい。三役には上がっていないので、三役を目指して。また、その先を見据えていけるように、ひとまず三役に上がりたい。
「新会場」で「新世代」が台頭


今場所は優勝した琴勝峰(25歳)をはじめ、千秋楽まで争った安青錦(21歳)、草野(24歳)、14日目まで可能性を残した熱海富士(22歳)など、いずれも25歳以下の平幕力士が優勝争いを盛り上げた。新横綱・大の里の誕生に共鳴するように新世代の力が台頭を始める中、抜け出すのは果たして誰なのか。
二所ノ関:
6場所(1年間)どこまで維持できて、どこまで安定した成績を残せるのかがすごく大事。1場所だけ活躍しても、(ほかの場所で)全部負けてしまったら一気に十両、幕下に降格なので。そういう意味では、安青錦は十両に上がってから、ずっと2桁を保っているし、幕内に上がっても3場所連続2桁を保っている。そういった意味でも、ひとつ頭が抜けているのではないか。
十両に上がって以降、5場所すべてで2桁勝利、さらに新入幕後3場所連続三賞を獲得するなど破竹の勢いで番付を駆け上がる安青錦には親方も太鼓判を押す。
IGアリーナで「新たな歴史」を刻んだ名古屋場所は「新たな世代」の台頭で幕を閉じた。しかし、若手が容易に勝ち続けられるほど、大相撲は優しくない。
最年長で三賞を獲得した玉鷲らベテラン勢が意地を見せるか。
来場所、大関獲りに挑む若隆景など三役力士たちの実力か。
それとも、両横綱の復権か。
来場所後に行われるロンドン巡業。
王者として英国の地を踏むのは果たして…。
(「すぽると!」7月29日放送より)