プレスリリース配信元:国立大学法人千葉大学
■研究の概要
千葉大学大学院情報学研究院の関屋大雄教授、東京理科大学工学部電気工学科の朱聞起助教、崇城大学情報学部情報学科の小西晃央助教らの研究チームは、高周波無線電力伝送(Wireless Power Transfer: WPT)システムにおいて、負荷(接続される機器の抵抗値)の変動(注1)に依存せず、安定した出力電圧と高効率動作を同時に実現する「負荷非依存型WPTシステム」の設計を、機械学習(Machine Learning: ML)(注2)と数値最適化によって全自動で行う新たな手法を開発しました。この技術により設計されたWPTシステムは、従来手法に比べて出力電圧の変動を約60%抑制し、電力伝送効率も向上します。さらに、人間の設計では得られなかった新たな回路動作も発見され、パワーエレクトロニクス回路における機械学習の応用可能性を大きく示す成果となりました。
本研究成果は、2025年7月2日に、学術誌IEEE Transactions on Circuits and Systems I: Regular Papersで公開されました。
■研究の背景
近年、スマートフォンやロボット、医療機器、電気自動車など、さまざまな分野でWPTの実用化が進められています。WPTは、電力供給のための有線接続を不要とする技術であり、ケーブルレスによる利便性向上、メンテナンス性の改善、そして水中・回転体・密閉構造といった特殊環境での給電において大きな可能性を秘めています。その中でも、6.78 MHzや13.56 MHzといったISMバンド(Industrial Scientific and Medical Band)(注3)を利用した高周波WPTは、送受電コイルの小型化が可能であり、IoTデバイスや医療用埋込機器、産業用ロボットなどへの応用が加速しています。
しかし、WPTシステムにおいては負荷が変化した際、出力電圧が不安定になったり電力伝送効率が低下したりするという根本的な課題が存在します。これに対処する手法として「負荷非依存(Load-Independent: LI)動作」が注目されています。LI動作は、負荷変動に関係なく常に一定の出力電圧と高効率動作を維持できる特性を持つため、小型・高周波動作において極めて有望な技術です。しかし、LI動作の実現には、高度な解析手法に基づく精密な回路定数設計が求められ、ごく一握りの専門家しか設計することができないことが社会実装に向けた課題となっていました。
図1:実装回路と評価特性 (a)実装回路.(b), (c) 負荷変動に対する特性.設計(グラフ赤色)は出力電圧変動を抑制しており(a)、また、電力伝送効率も向上しています(b).
■研究の成果
本研究では、従来の解析式ベースの設計アプローチ(参考文献1)とは一線を画し、数値シミュレーションと数値最適化アルゴリズムを組み合わせた「全数値的設計手法(Fully-Numerical Design Method)」を新たに提案しました。本手法では、回路全体の動きを微分方程式でモデル化し、シミュレーションすることで、電圧や電流の動作波形を正確に計算・予測します。これにより、出力電圧の安定性や電力伝送の効率、信号のひずみ具合を評価する指標である「高調波歪(THD)」といった複数の性能を同時にコンピュータ上で最適化することができます。これまでの設計方法では、「部品はエネルギーを失わない」、「常に理想的なタイミングで動く」といった、現実とは異なる前提に基づいて解析および設計が行われてきました。しかし本手法では、こうした解析的な近似や理想的な仮定を排除し、実際の回路の動作に即した、高精度な設計が可能となりました。
本手法を用いて設計・実装されたClass-EF型WPTシステムは、実験により以下のような成果を挙げています:
・出力電圧変動を従来比で約60%抑制(18%→7.8%)(図1b)
・出力電力23.1W 、6.78MHzの伝送周波数において、電力伝送効率最大86.7%を達成
・大きな負荷変動においても定電圧出力を維持(図1c)
・高調波歪(THD)を0.05以下に抑制可能
・解析的設計手法では発見困難な、LI動作を実現する新たな回路構成を発見
また、今回の設計に用いた回路の構造や部品のモデルは、現実的かつ細部にわたり正確に再現しています(図2)。例えば、部品の中で生まれる余分な電気的性質(寄生容量)やスイッチ切り替えの時に生じるエネルギーの損失(スイッチング損失)、コイルの内部で発生する電力損失(コア損失)など、従来の理論モデルでは無視されがちな要因も統合的に扱っています。これにより、従来の経験則や設計者の専門性に依存することなく、客観的かつ再現性のある設計を機械学習によって自動化することが可能となりました。
図2:磁性素子モデル 今回の設計では磁性素子(巻線およびコア)の特性を含めており、回路と磁性素子の統一的設計を実現しています.
■今後の展望
今回提案されたMLベースの全数値的設計手法は、単に高性能なWPTシステムを実現するだけでなく、パワーエレクトロニクス回路設計におけるパラダイム転換を示唆しています。従来、パワーエレクトロニクス回路の設計は理論解析と試行錯誤を重ねながら専門家が行うものでしたが、今後は精密なモデルと数値最適化によって「AIによる自動設計」が現実のものとなることが期待されます。
今後は以下の課題に取り組むことで、パワーエレクトロニクス回路AI設計および高周波WPTシステムの3年以内の実用化を目指します:
・半導体素子や磁性部品の選定まで含めた統合設計フレームワークの構築
・ML最適化計算のさらなる高速化(GPU・クラウド環境の活用など)
・共振型コンバータなど他の高周波電力変換回路への展開と汎用化
・IoTやロボティクス、医療機器分野における実用化プロトタイプの展開
■用語解説
注1)負荷変動:電力供給対象(=負荷)が時間とともにその性質や必要とする電力を変化させる現象。例えばバッテリーは充電度合いにより、モータは回転速度により抵抗値が時々刻々と変化する。
注2)機械学習 (Machine Learning: ML):コンピュータが明示的にプログラムされることなく、データから自動的にパターンやルールを学習し、新しいデータに対して予測や判断を行う技術。
注3)ISMバンド(Industrial Scientific and Medical Band):無線周波数の電波を産業、科学、医療の分野で使用するために割り当てられた無線通信の周波数帯のこと。
■研究プロジェクトについて
本研究は、以下の助成金の支援を受けて実施されました。
・パワーエレクトロニクスの革新的基盤技術創出プログラム(JPJ009777)
■論文情報
タイトル:ML-Based Fully-Numerical Design Method for Load-Independent Class-EF WPT Systems
著者:Naoki Fukuda, Yutaro Komiyama, Wenqi Zhu, Yinchen Xie, Ayano Komanaka, Akihiro Konishi, Kien Nguyen, and Hiroo Sekiya
雑誌名:IEEE Transactions on Circuits and Systems I: Regular Papers
DOI:10.1109/TCSI.2025.3579127
■参考文献1)
タイトル:Design Procedure of Load-Independent Class-E WPT Systems and Its Application in Robot Arm
雑誌名:IEEE Transactions on Industrial Electronics
DOI:10.1109/TIE.2022.3220818
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