岩手県遠野市に移住し、作家として活動している富川岳さんが、郷土芸能「シシ踊り」をテーマにした本「シシになる。遠野異界探訪記」を出版した。東京の広告会社から転身し、自らシシ踊りの踊り手となった富川さんは、「シシ(夏)、作家(冬)」と名刺に記し、季節に応じて変化するライフスタイルを送っている。その活動を通して、地域の文化を守り続けていくためのヒントが見えてくる。
都会から遠野へ、踊り手への変身
けものの装束を被り、太鼓の響きに合わせて時に激しく、時に優雅に舞い踊る「シシ踊り」。
岩手県や宮城県を中心に古くから受け継がれてきた郷土芸能だ。
9年前に東京から岩手県遠野市に移住した富川岳さんは、郷土芸能「シシ踊り」をテーマにした著書「シシになる。遠野異界探訪記」を6月21日に発売した。

新潟県出身で東京の広告会社のプロデューサーだった富川さんは、2016年の移住後、地域文化に深く関わるようになった。
この著書は富川さんにとって5作目にして商業デビュー作となり、シシ踊りの踊り手となるまでのエピソードやシシ踊りの民俗学的な考察を写真やイラストを交えながら描いている。

富川さんは「シシっていうのは、シカ、カモシカ、イノシシとか4本足のけもののことだったらしい」と説明する。
「いいんだ、いいんだ、踊れ踊れ」
「シシ(夏)、作家(冬)と名刺に書いている。夏になれば踊るし冬になれば作家として本を書く。季節に応じて自分が変化していくようなライフスタイルを過ごしている」と話す富川さん。

富川さんがシシ踊りに出会ったのは、遠野市に移住して3年目の2018年のこと。
柳田国男の「遠野物語」の序文に登場する附馬牛地区の「張山しし踊り」を撮影に訪れた際、思いがけない誘いを受けた。

「張山しし踊りのボスや会長、上の世代の口癖が『いいんだ、いいんだ、踊れ踊れ』っていうのが口癖。本の中にもたくさん出てくるが、まず本番に出させて踊らせる」と富川さんは振り返る。

わずか4日間の練習でシシ頭を被り「遠野まつり」で踊ったという富川さん。「一回踊ってしまうと、とりこになり魅了されていく」とその魅力を語る。
内側と外側の協力で文化を継承
遠野市への移住以来、富川さんはクリエイティブな表現力を生かし、文化の振興や創作活動と文化振興に精力的に取り組んできた。
自身がシシ踊りを始めたことをきっかけに、コムアイさんなど人気アーティストとシシ踊りがコラボレーションするライブイベント「遠野巡灯篭木」を4回開催。この活動によって「シシ踊り」は全国に発信されている。

「遠野は2万3000人の人口でだんだん芸能の担い手が少なくなってきている。移住者であったとしてもその土地に住んでいなかったとしても、芸能・文化を継承していくためには、外から入った人たちにも踊らせながら、うまく内側と外側の人が協力しながら、芸能団体を継承してくことが、まさに遠野で起きている」と富川さんは語る。
地元の保存会からの評価
6月13日、本の発売前に地元で開かれた先行お披露目会には、富川さんを指導した張山しし踊りの先輩たちも駆けつけた。

遠野郷早池峰しし踊り張山保存会の新田勝見前会長は「自分の名前が出てくるのがありがたい」と話し、糠森長一会長も「彼が来てくれたおかげで続けられている。ありがたいですよ、本当に」と感謝の言葉を述べた。

富川さんは2023年、「遠野物語」に馴染みがない人にも親しんでもらおうと「本当にはじめての遠野物語」という本を自費出版。かわいらしいイラストとわかりやすい解説が受け、異例の大ヒットとなった。
「4500部売れていて自費出版なのでAmazonの注文も毎週梱包して、帯を巻いて発送している」と富川さんは話す。
シシ踊りの謎を追い続ける
「シシになる。」の執筆中、富川さんは板澤しし踊り保存会の佐々木国允会長から「シシ踊りの本を書くのはまだ早い」と厳しい言葉をかけられていた。

しかし、その言葉をきっかけに、富川さんは「遠野物語」最終話119話目に登場するシシ踊りの歌に秘められた意味を考え直すことになった。

「初めて読んだ時はあんまりピンと来なかった。最後に付録的についているだけではないかと軽く見ていた。佐々木国允会長から『あれには意味があるぞ』と言っていただいて、そこからもう1回考え直して、柳田国男が100年前に最終話にこめた思いを、踊り手になることでひも解けたのではないか。それを最後に書いている」と富川さんは明かす。

本の出版を受け、佐々木国允会長は「おめでとう。シシ踊りのためにある和歌でつづられた歌の意味がわかってくるとまた違う。やっぱりまた書かなければならないということに必ずつながると期待している。必ずまた書く、書かなければならない」と期待を寄せる。

富川さんも「歌の意味をもっと学んで次回作を書けたらいい」と応え、シシの謎を追いかける日々はまだまだ続きそうだ。
(岩手めんこいテレビ)