福岡市内にある古い木造2階建てのアパートが今、個性な店主たちが集まる“入居したくてもできない”ユニークな場所として注目を集めている。そこには、芸術や文化的な発信をする人たちの新たな一歩を応援する“大家さん”の型破りなアパート運営ルールがあった。
築60年木造アパート『あさだ荘』
福岡市南区大楠の住宅街にたたずむ築60年以上の2階建てアパート『あさだ荘』。

中庭のような空き地を囲んで廊下がぐるりと1周している回廊形状の建物で、あえてサッシに替えてない木枠の窓からは、昭和の懐かしい雰囲気が漂う。
元々はいわゆる一般の家族向けの賃貸パートだったそうだが、今は、飲食店を中心に、美容室や雑貨店、アーティストなど、全18部屋のうち13部屋が店舗として利用されている。

階段を2階に上ると絵画教室があった。2年前に設立されたという『MAA TAKA DON(マータカドン)』。

この日は、アーティストでもある安藤圭汰さんが、色鉛筆で生徒に絵の描き方を教えていた。「ここは、小さいころ実家で過ごしていた時の隣近所の声や食器の音などがするのでとっても好きです」と生徒が話す。

ほかにもさまざまな店が並ぶ『あさだ荘』。絵画教室と同じ2階にあるスパイスカレーの専門店『こなきカレー』は、味もオーナーもユニークだ。

「お待たせしました、どうぞ~」出てきたのは、ダル、スパイシーキーマ、チキンマサラの3種類のカレーがかかった『あいかけカレー』(1800円)。

中でも、他のメニューの2倍以上のスパイスを使っているというキーマカレーは、口に運んだ途端、スパイスの刺激がガツンと来て口の中に香りが広がる。そして肉の旨味が追ってくる感じだ。

なぜ、本格的なスパイスカレーの店だったのか。オーナーの塚原崇文さんに聞くと、誕生のきっかけは思いがけない出来事だったと懐かしそうに振り返る。
「前職をクビになり、しばらく友達の家に入り浸ってゴロゴロしていた時、『あさだ荘』の部屋を借りていた友達がいて、その友達がこの場所を貸してくれて『あなた、スパイスカレーを作りなさい』と言われた」という。

さまざまな理由で『あさだ荘』に店を出す人達。実はこの『あさだ荘』には、型破りな取り決めがあるという。それを確認しようと、16年前に2階にオープンしたタイマッサージとタイ雑貨の店『SLOW』を訪ねた。

タイから仕入れているという雑貨は、1点ものも多いという。奥はタイマッサージの部屋になっている。入ってみると真っ先に目に飛びこんできたのは、大きなヤシの木の絵。オーナーの岩永満美さんは「ヤシの木と蝶の羽をイメージして、知り合いに描いてもらった」と話す。

これほど大きな絵を壁に直接書いて問題ないのだろうか?聞いたところ、「退去時に原状回復しなくていいから」とサラリと答える。
家主が定める『あさだ荘』ルール
家主の『アサダさん』に尋ねると、「建物がアパートの作りになっているから『内装を好きに変えていいですよ!ただし、出ていく時に元に戻して下さいとは言いません』と言ってます。

すると、みなさんセンスが良くて、ドアを開けると異空間が広がっていくというとても不思議な体験をたくさんさせてもらいました」と笑顔で語る『アサダさん』。

この、不動産業界では通常あり得ない発想で部屋を貸したところ、店主たちの個性が大爆発。自分たちが思い描く空間を自由に作ることできるため、『あさだ荘』に店を出したいという人たちが今や順番待ちしている状態だという。

家主の『アサダさん』が決めている『あさだ荘』の決まりは、『退去時の原状復帰をを求めない』ということ以外に、①入居の際は芸術的・文化的な発信をする人たちを応援する②家賃はできるだけ安く維持する③維持管理のための修理はするが近代的な改築はしない④構造的に強度低下に影響を与えるような躯体部分への改築は禁止など、通常の賃貸契約ではあり得ない内容になっている。
家主『アサダさん』の思いとは…
順番待ちの末、3年前に1階にオープンしたカフェ『za tempbo(ヅァ・テンポ)』は入口がとても独特で、ドアから入るのではなく庭から入るというつくりだ。

店内では自家焙煎コーヒーや手作りスイーツが楽しめる。

「この建物自体が他にないじゃないですか。『あさだ荘』の空間が大好きなので、自分の初めてのお店なんですけど、自分で壁を塗ったりできるというのがすごく魅力的。こういう風にしたかったんだなという、新たな自分の感性を知るきっかけになりました。ありがたいです」とオーナーの田原迫留美さんは『あさだ荘』の魅力を語る。

こうした‟好条件“の背景には、家主の『アサダさん』本人がかつて音楽業界で活躍し、国内外を肌で感じてきた思いがあるからだ。

「始まりの一歩ってどこかでその一歩が必要だと思うし、いろんな人がいろんなことを始める場所になって、そこから巣立って行ってくれたらうれしい。単に僕が、ずぼらな家主だということかもしれません」。
(テレビ西日本)
