若手教師を追い詰めた“静かな暴力”の実態

2020年10月、宮城県立石巻西高校に勤務していた、生徒思いの30代女性教師が自ら命を絶った。

背景には、50代の男性教師から受けた繰り返しのパワーハラスメント、そしてそれを止められなかった学校組織の無対応があった。その加害の手段は、目立った暴言や怒声ではない “メモ”だった。

女性教師の死後5年近くが経って県教育委員会が公表した検証報告書からは、学校で静かに進行していた「見えない暴力」の実態が浮かび上がる。

宮城県教育庁が公表した検証報告書
宮城県教育庁が公表した検証報告書
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生徒と真摯に向き合った若手教師

女性教師は、生徒に真摯に向き合う若手教員だった。

教員生活のスタートでは、県主催の職務宣誓式で代表を務めるなど、将来を嘱望される存在だった。授業や部活動においても真面目に取り組み、生徒と丁寧に信頼関係を築いていた。文化祭後に発行した学級通信には「クラス全員で一つのことを成し遂げた」と綴り、生徒と過ごす時間を誇りに感じていた様子がうかがえる。

9月の学級通信の内容
9月の学級通信の内容

価値観のズレとすれ違い 関係悪化の始まり

女性教師と男性教師は、初任者研修やJICA研修、先進校の視察などを通して同じ教科の仲間として関わってきた。しかし、授業観や分掌(教務や生徒指導などの校内業務)に対する価値観の違いが徐々に二人の距離を生んでいった。

関係が悪化した転機は、2020年3月と6月に起きた出来事だ。

3月の県外視察報告会では、女性教師が行ったプレゼンに対して他の教員から「横文字が多くて年配の教員にはわかりにくい」との指摘があり、男性教師が「一般的に理解されている用語です」とフォローする発言を行った。男性教師に悪意があったとは言いがたいが、女性教師は流れを遮られ、冷静さを失い動揺したという。複数の教員が「この出来事が2人の不信感が深まるきっかけとなったのではないか」と、のちの聞き取り調査に対し述べている。

一方、6月の分掌部会では、男性教師が「報告・連絡・相談」の徹底を求め、女性教師に名指しで業務報告の不備を繰り返し指摘。謝罪する女性教師に対し男性教師の追及は止まらず、女性教師は涙を流して退席。その後、年休を取って帰宅した。この出来事は、検証報告書や公務災害の認定理由書でも「精神的負荷を与えた重要な出来事」と位置付けられ、パワーハラスメントの認定にもつながっている。

検証報告書より
検証報告書より

メモによる人格否定と排除

この頃から、男性教師は女性教師への直接的な接触を避け、「メモ」による指摘を常態化させた。

内容は業務連絡にとどまらず、次第に人格を否定し、排除をにじませるような記述が目立つようになる。
・「掲示板に日付入ってなかったので確認の上で入れました。気をつけて下さい」
・「昨日は書類のだし直しをしました。そういうことには先生はスルーなんですね」
・「私から業務の説明を受けるのは嫌だと思いましたので別の教職員に説明を依頼してあります」

そして10月22日、決定的なメモ書きが置かれる。
「先生は分掌部員としての自覚がないと思います。これから分掌の仕事は一切お願いしません。部会にも出ないでください」
「この措置に意義があるのであれば、管理職に相談してください」

女性教師の机上に置かれたメモ書きの内容
女性教師の机上に置かれたメモ書きの内容

管理職の“見守り”が生んだ組織的放置

学校管理職も、女性教師の体調悪化や関係のこじれには気づいていた。9月には家庭訪問を行い、業務軽減も打診されたが、「プライドを尊重する」として強い介入を避けた。

男性教師のメモにあった「管理職に相談済み」という文言について、校長・教頭ともに否定しており、事前の相談や承認はなかったことが判明。組織として男性教師の独断を許していた実態が明らかとなった。

また、女性教師が校内で提出していたコンプライアンス・チェックシートでは、男性教師の言動について懸念が記されていたにもかかわらず、学校側は聞き取り調査などを一切実施していなかった。

検証報告書より
検証報告書より

「これから仕事はお願いしません」女性教師の心を壊したメモ

10月22日、男性教師が一方的に置いたメモは、女性教師の心を決定的に折ったと報告書は指摘している。

内容は業務からの全面排除、部会出席の禁止、同僚全体からの「失礼だと思われている」といった孤立の押し付けだった。

このメモを読んだ直後、女性教師は校長室で号泣し、床に座り込むほど取り乱した。翌23日と24日には年休を取り、連絡が取れないまま26日に自宅で遺体となって発見された。

10月22日のメモの内容
10月22日のメモの内容

伝わることのなかった心の叫び

検証報告書には、女性教師が同僚や家族に漏らしていた言葉も記録されている。

「そっとしておいてほしい」 「普通に仕事がしたいのに、できない自分が悔しい」 「私が辞めて困るのは管理職」

男性教師の足音が聞こえただけで女性教師が顔をしかめていたという証言もある。

女性教師の苦しみは、周囲に届いていた。しかし、誰も組織として動かなかった。

「私が辞めて困るのは管理職」
「私が辞めて困るのは管理職」

「見えない暴力」が職場を蝕む そして残された問い

女性教師が自ら命を絶つまでの過程には、怒号も暴力も存在しなかった。あったのは、“メモ”による静かな排除と、周囲の沈黙だった。

パワーハラスメントと呼ぶべきかどうかを議論する前に、日常的に「つらい」「逃げたい」と感じていた職場が正常だったかどうかを、私たちは考えなければならない。

次回は、検証報告書が示した問題の本質と、学校組織がなぜ女性教師を守れなかったのかを掘り下げる。

「辞める」「死ぬ」
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仙台放送
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